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2013年2月26日 (火)

二宮尊徳(1 )

   二宮尊徳―農聖人


   1.十九世紀初頭の日本農業


 「農業は、国家存在の基礎である」という。これは、わが国のように、

海運、貿易の面であらゆる利益を享受しているにもかかわらず、国民

の主要な食料を、自国の土に仰いでいる国では、ことに本質的に、

その通りである。

  そのうえ、十五万平方マイル(37万8千平方キロ)の国土のうち、わず

か二割という狭い耕作地によって、四千八百万という莫大な数の人口を

養わなければならぬわが国では、自然の生産だけに頼っていることは

できない。

                        Photo


  そのためには、土地の生産力を極限まで高め、人は、持てる限りの

才能と努力とを傾けねばならないのである。

  思うに、日本の農業は、世界の農業の中でも、最も特異なものであろう。

ひとかけらの土に至るまでが、心を込めた取り扱いを受け、その土から

生じる一本の作物に至るまでが、父母の愛情にも似た保護と配慮との

下に置かれる。

  わが国人は、科学知識の欠乏を、たゆまぬ勤勉によって補い、その

結果として、野菜栽培園と見まがうほどの、整然として、管理の行き届

いた、一千三百万エーカーの耕地を持つに至ったのである。 

                       Photo_2                Photo_3

   このような高度な農業経営は、ひとえに国民の並みはずれた勤勉に

よってのみ、維持されるものであって、わずかな怠慢が、目も当てられ

ぬほどの荒廃を招くに至る。

  ひとたびは立派な耕地であったものが、耕作者の怠慢のために荒地と

化したのを見るほど、心の痛むことはない。               

  原始の山野にあるような生命力と生産力とを失った不毛の原野の荒

廃のさまを見れば、ただ絶望あるのみである。

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  処女地の開拓に挑む者が十人いる時、荒廃地の復旧に身を捧げよう

という者は、ただの一人として居ない。

  南北アメリカが、世界の富める国々の人を引き寄せている一方で、

バビロンは、今なお、ふくろうと、さそりの住み家として残されている。

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  十九世紀初頭の頃の日本農業は、最も嘆かわしい状態にあった。

二百年の長きにわたって続いた泰平によって、すべての階層の人々

が、贅沢と浪費とに流れ、勤労の風習は失せて、その影響は直ちに

田畑の上に現われたのである。

  田畑からあがる収入が三分の二にまで減った所も多く、かつては

豊かな実りを結んだ土地は、あざみやいばら(*下の写真)に侵されて、

残ったわずかな土地からあがる収穫は、藩主への年貢を納めるのに

やっとというありさま。村という村は荒廃のどん底におちいった。

                     Photo_5

        Photo_6


  まじめに働くことを、ばからしく思うようになった人々は、こぞって、

不真面目な生活に走った。

  そして、慈しみ深い大地から豊かな贈り物をもらったことを、昔の夢

とあきらめて、互いに欺き合うことにより、その絶望的な生活を支える

に足るだけのものを得ようとするに至ったのである。

  彼らの上に降るすべての災いの原因は、道徳的なものであった。彼

らの心が卑しくあったがゆえに「自然」の恩恵は彼らの上に降らず、

あらゆる悲惨事が、その土地に臨んだのである。

 「自然」の諸法則と堅く結ばれた一人の人が、この世に生まれ出たの

は、ちょうどこのような時であった。  【つづく】

 

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