フォト
2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« デンマルク国の話(3) | トップページ | デンマルク国の話(完) »

2013年1月 4日 (金)

デンマルク国の話(4)

 

    明けまして、おめでとうございます


      さまお元気でしょうか?

   本年も、どうか、よろしくお願いいたします。

        Photo



     【話の続きです】 

 若きダルガスは言いました。  

  大樅(おおもみ)がある程度以上に成長しないのは、小樅を、いつまでも

大樅のそばに生(はや)しておくからである。 

  もし、ある時期に達して小樅を斫(き)り払ってしまうならば、大樅は独り

土地を占領して、その成長を続けるであろう、と。

 

  しかして、若きダルガスの言を、実際に試してみましたところが、実にそ

の通りでありました。小樅は、ある程度まで、大樅の成長を促すの能力

(ちから)を持っております。 

  しかし、その程度に達すれば、かえってこれを妨げるものである、との

奇態なる植物学上の事実が、ダルガス父子によって発見せられたので

あります。

 

  しかも、この発見は、デンマーク国の開発にとりて、実に絶大なる発見

でありました。

 これによって、ユトランドの荒地挽回の難問題は解決されたのであります。

これによりて、各地に、鬱蒼たる樅の林を見るに至りました。

                 Photo


  一八六○年においては、ユトランドの山林は、わずかに十五万七千エ

ーカーに過ぎませんでしたが、四十七年後の一九○七年に至りましては、

四十七万六千エーカーの多きに達しました。

 

  しかし、これなお、全州面積の七分二厘に過ぎません。さらに、ダルガス

の方法に循(したが)い植林を継続いたしますならば、数十年の後には、

他の地に、数百エーカーの緑林を見るに至るのでありましょう。実に多望

と言うべきであります。



  しかし、植林の効果は、単に木材の収穫に止まりません。第一に、その

善き感化を蒙りたるものは、ユトランドの気候でありました。樹木の無き

土地は、熱し易くして冷め易くあります。 

  ゆえに、ダルガスの植林以前においては、ユトランドの夏は非常に暑くて、

夜は、時に霜を見ました。

 

  四六時中(=一日中)、熱帯の暑気と初冬の霜を見ることがありますれば、

植生は、たまったものでありません。 

  その時にあたって、ユトランドの農夫が収穫成功の希望をもって植ゆる

を得し植物は馬鈴薯(*下の写真の上)、黒麦(*下の写真の下)、その

他少数のものに過ぎませんでした。

                            Photo_2

                          Photo_3


  しかし、植林成功後のかの地の農業は一変しました。夏期の降霜はまっ

たく止みました。今や小麦(*下の写真の上)なり、砂糖大根(*下の写真

の下)なり、北欧産の穀類または野菜にして、成熟せざるものなきに至りま

した。                  

                             Photo_4

                           Photo_5


  ユトランドは大樅の林の繁茂のゆえをもって良き田園と化しました。木材

を与えられし上に善き気候を与えられました。 植えるべきは、まことに樹で

あります。

  しかし、植林の善き感化は、それに止まりませんでした。樹木の繁茂は、

海岸より吹き送られる砂塵(すなぼこり)の荒廃を止めました。

  北海沿岸特有の砂丘(すなやま)は、海岸近くで食い止められました。

樅は、根を地に張りて、襲いくる砂塵に対して言いました。

     ここまでは来(きた)ることを得(う)べし

 

    しかし、ここを越ゆべからず、と。(ヨブ記三八章十一節)。


  北海に浜(ひん)する国にとりては、敵国の艦隊よりも恐るべき砂丘は、

戦闘艦ならずして、緑の樅の林をもって、ここにみごとに撃退されたので

あります。

  霜は消え砂は去り、その上に第三に洪水の害は除かれたのであります。

これ、いずこの国においても、植林の結果として、じきに現われるものであ

ります。

  もちろん、海抜六百尺をもって最高点となすユトランドにおいては、わが

邦(=日本)におけるごとき、洪水の害を見ることはありません。

  しかし、その比較的に少なきこの害すら、ダルガスの事業によって除か

れたのであります。



  かくのごとくにして、ユトランドの全州は一変しました。廃れし市邑

(しゆう)は、ふたたび起こりました。新たに町村が設けられました。

  地価は非常に騰貴しました。あるところにおいては、四十年前の百五

十倍に達しました。道路と鉄道は、縦横(たてよこ)に築かれました。

  わが四国全島に、さらに一千マイルを加えたるユトランドは復活しまし

た。戦争によって失いしシュレスヴィヒとホルシュタインとは、今日すでに

償われて、なお余りあるとのことであります。

   しかし、木材よりも、野菜よりも、穀類よりも、畜類よりも、さらに貴きも

のは、国民の精神であります。デンマーク人の精神は、ダルガス植林

成功の結果として、ここに一変したのであります。

  失望せる彼らは、ここに希望を恢復しました。彼らは、国を削られて、

さらに新たに良き国を得たのであります。

  しかも、他人の国を奪ったのではありません。己れの国を改造したので

あります。

  自由宗教より来る熱誠と忍耐と、これに加うるに大樅、小樅の不思議な

能力(ちから)とによりて、彼らの荒れたる国を挽回したのであります。

                   Photo_6

  ダルガスの他の事業については、私は、今ここに語る時を持ちません。

彼は、いかにして砂地を田園に化せしか、いかにして沼地の水を排(はら)

いしか、いかにして蹺地(いしじ)を拓いて果園を作りしか、これ植林に劣ら

ぬ面白き物語であります。  これらの問題に興味を有せられる諸君は、

じかに私についてお尋ねを願います。  【つづく】

 

 

« デンマルク国の話(3) | トップページ | デンマルク国の話(完) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links