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2012年12月 7日 (金)

後世への最大遺物(4)

 アメリカの有名なるフィラデルフィアのジラード*というフランスの商人

が、アメリカに移住しまして、建てた孤児院を、私は見ました。これは、

世界第一番の孤児院です。 

*Stephen  Girard〔1750~1831〕 フランス生まれの金融家、慈善家。 

フィラデルフィアで貿易に従事して巨万の富を築き、S・ジラード銀行を 

設立。  

  1821年の英米戦争当時、戦債の95%を引き受けている。ほとんど 

すべての遺産を公共団体や施設に贈与、とりわけ「貧しい白人の男子 

孤児」のための施設「ジラード・カレッジ」の設立費にあてた。  

  「スチーブン・ジラードの話  米国最初の富豪、無神論者と称えられし 

孤児の友、愛国者にして人道の偉人、海員、商人、実業家の好模範」 

〔明治43年6月の講演〕で、内村鑑三は、さらに詳細に、この人の事績を

語っている。*下の写真は、今日のフィラデルフィア

             Photo_3
            Photo_4

  およそ小学生徒七百人ばかりおります。中学、大学くらいまでの孤児を

ズッと並べますならば、たぶん千人以上のように覚えました。

  その孤児院の組織を見まするに、われわれの今日日本にあるところの

孤児院のように、寄付金が足りないために事業がさしつかえるような孤

児院ではなくして、ジラードが生涯かかって溜めた金をことごとく投じて

建てたものです。 

  ジラードの生涯を書いたものを読んでみますと、何でもない、ただその

一つの目的持って金を溜めたのです。

 

  彼に子供はなかった。細君も早く死んでしまった。「妻はなし、子供はなし、

私には何にも目的はない。けれども、どうか世界第一の孤児院を建てて

やりたい」と言うて、一生懸命に働いて拵(こしら)えた金で建てた孤児院

でございます。

 

  その時分は、アメリカ開国の早い頃でありましたから、金の溜め方が、

今のように早くゆかなかった。 

  しかし、一生涯かかって溜めたところのものは、おおよそ二百万ドルば

かりでありました。それをもって、ペンシルベニア州に人の気のつかぬ

地面をたくさん買った。

 

  それで、死ぬ時に、「この金をもって二つの孤児院を建てろ。一つは、

俺を育ててくれたニューオリンズに建て、一つは、俺が住んだところの

フィラデルフィアに建てろ」と申しました(*下の写真は、今日のニュー

オリンズ)

          Photo_5

          Photo_6


  それで、妙な癖があった人とみえまして、教会というものを、たいそう

嫌ったのです。 

 それで、「俺は別に、この金を使うことについて条件はつけないけれども、

俺の建てた孤児院の中に、デノミネーションすなわち宗派の教師は誰でも

入れてはならぬ」という稀代(きたい)な条件をつけて死んでしまった。

 

  それゆえに、今でもメソジストの教師でも、監督教会の教師でも、組合

教会の教師でも、 この孤児院に入ることは、お気の毒でございますけれ

ども、できませぬ(大笑)。

 

  この他は、誰でも、そこに入ることができる。それで、この孤児院の組織

のことは長いことでございますから、今ここにお話し申しませんけれども、

前に述べた二百万ドルをもって買い集めましたところの山です。

 

  それが、今日のペンシルベニア州における石炭と鉄とを出す山でござ

います。実に、今日の富は、ほとんど何千万ドルであるか分からない。 

  今は、どれだけ事業を拡張してもよい、ただただ拡張する人がいないだ

けです。 

 それで、もし諸君のうち、フィラデルフィアに往く方があれば、一番に、

まずこの孤児院に往ってみることをお勧め申します。



  また有名な慈善家ピーポディー*は、いかにして彼の大業を成したか

と申しまするに、彼が初めてベルモンテの山から出る時には、ボストン

に出て、大金持ちになろうという希望を持っておったのでございます。 

(*ピーボディ― George  Peabody 〔1795~1869〕 ロンドンで活躍した

アメリカ人銀行家、慈善家。1867年、200万ドルを、アメリカ合衆国南部の

公教育推進のための基金として提供した。その出生地、埋葬地である

マサチューセッツ州ピーボディ市に、その名を遺している。)

 

  彼は、一文なしで故郷を出てきました。それで、ボストンまでは、その

時分は、もちろん汽車はありませんし、また馬車があっても無銭(ただ)

では乗れませんから、ある旅籠屋(はたごや)の亭主に向かい「私は、

ボストンにまで往かなければならぬ。しかしながら、日が暮れて困るから、

今夜泊めてくれぬか」と言うたら、旅籠屋の亭主が、可愛想だから、 

泊めてやろう、と言うて喜んで引き受けた。(*下の写真は、今日のボス

トン)          Photo_7
                       Photo_8


  けれども、その時に、ピーボディは、旅籠屋の亭主に向かって、「無銭

(ただ)で泊まることは嫌だ。何かさせてくれるならば、泊まりたい」と

言うた。 

  ところが、旅籠屋の亭主は、「泊まるならば、自由に泊まれ」と言うた。 

しかし、ピーボディは、「それでは、済まぬ」と言うた。そうして、家を見渡

したところが、裏に薪がたくさん積んであった。

 

  それから、「御厄介になる代わりに、裏の薪を割らしてください」と言うて、

旅籠屋の亭主の承諾を得て、昼過ぎかかって夜まで薪を挽(ひ)き、これ

を割り、たいていこのくらいで旅籠費に足ると思うくらいまで働きまして、

そうして後に泊まったということであります。

 

  そのピーボディは、彼の一生涯を何に費やしたかというと、何百万ドル

という高は知っておりませんけれども、金を溜めて、ことに黒人教育のた

めに使った。

 

  今日、アメリカにおります黒人が、たぶん日本人と同じくらいの社交的

程度に達しておりますのは何であるかというに、それは、ピーボディのご

とき慈善家の金の結果であると言わなければなりません。 

  私は、金のためにはアメリカ人はたいへん弱い、アメリカ人は金のた

めにはだいぶ侵害された民であるということを知っております。

 

  けれども、アメリカ人の中に金持ちがおりまして、彼らが、清き目的を

もって金を溜め、それを清きことのために用いるということは、アメリカの

今日の盛大をいたした大原因であるということだけは、私も解かって帰っ

てきました。

 

  それで、もし、われわれの中にも、実業に従事する時に、こういう目的

をもって、金を溜める人が出てきませぬ時には、本当の実業家は、われ

われの中には起こりませぬ。  

  そういう目的をもって実業家が起こりませぬならば、彼らはいくら起こ

っても国の益になりませぬ。

 

  ただただ憲法発布式の時に貧乏人に一万円・・・・一人に五十銭か六十

銭くらいの頭割をなしたというような、ソンナ慈善はしない方がかえってよ

いです。 

  三菱のような何千万円というように金を溜めまして、今日まで・・・・これ

から三菱は、善い事業をするかと信じておりますけれども・・・・今日まで

何をしたか。

 

  彼自身が大いに勢力を得、立派な家を建て(*下の写真・・岩崎邸)

立派な別荘を建てましたけれども、日本の社会は、それによって何か

利益を得たかというと、何ひとつとして見るべきものはないのです。 

        Photo_2 

  それで、キリスト教信者が立ちまして、キリスト信徒の実業家が起こりま

して、金を儲けることは、己れのためにもうけるのではない、神の正しい道

によって、天地宇宙の正当なる法則に従って、富を国家のために使うので

あるという実業の精神が、われわれの中に起こらんことを、私は願う。 

  そういう実業家が今日、わが国に起こることは、神学生徒の起こること

よりも、私の望むところでございます。

 

  今日は、神学生徒がキリスト信者の中に十人あるかと思うと、実業家は

一人もいないのです。百人いるかと思うと実業家は、一人もいない。 ある

いは千人いるかと思うと、一人いるかいないかというくらいであります。 

  金をもって神と国とに事(つか)えようという清き考えを持つ青年がいない。

 

 よく話に聴きまする、かの紀伊国屋文左衛門(*下の絵)が百万両溜め

て百万両使ってみようなどという賤しい考えを持たないで、百万両溜めて、

百万両、神のために使ってみようというような実業家になりたい。

             Photo_9

 そういう実業家が欲しい。
その百万両を国のために、社会のために遺し

て逝こうという希望は、実に清い希望だと思います。

 

 今日、私が自身に持ちたい望みです。もし自身にできるならばしたいこと

ですが、不幸せなことに、その方の技量は私には有りませんから、もし諸君

の中に、その希望が有りますならば、ドウゾ今の教育事業とかに従事する

人たちは、「汝の事業は、下等な事業なり」などと言うて、その人を失望さ

せぬように注意してもらいたい。

 

  また、そういった希望を持った人は、神がその人に命じたところの考えで

あると思って、十分にそのことを自ら奨励されんことを望む。 

  あるアメリカの金持ちが、「私は、汝にこの金を譲り渡すが、この中に穢

(きた)ない銭(ぜに)は一文も無い」と言って子供に遺産を渡したそうです

が、私どもは、そういう金が欲しいのです。 【つづく】

 

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