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2012年12月 8日 (土)

後世への最大遺物(5)

 それで、後世への最大遺物の中で、まず第一に大切なものは何であ

かというに、私はだと言うて、その金の必要を述べた。 

  しかしながら、何人も金を溜める力を持っておらない。私は、これは、

やはり一つのGenius(天才)ではないかと思います。私は、残念ながら、

この天才を持っておらぬ。

 

  ある人が申しまするに、金を溜める天才を持っている人の耳は、たいそ

う膨れて、下の方に垂れているそうですが、私は鏡に向かって見ましたが、

私の耳は、たいそう縮んでおりますから、その天才は、私には無いとみえ

ます。(大笑)

 

  私が今まで教えました生徒の中に、非常に、この天才を持っている者

がいる。 

 ある奴(やつ)は、北海道(*下の写真は、今日のトウモロコシ畑と、

札幌市時計台)に一文無しで追い払われたところが、今は、私に十倍す

富を持っている。「今に俺が貧乏になったら、君は、俺を助けろ」と言う

ておきました。

          Photo

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  実に、金儲けは、やはり他の職業と同じように、ある人たちの天職である。 

誰でも金を儲けることができるかということについては、私は疑います。 

  それで、金儲けのことについては、余り関わってはならぬような人が金を

儲けようといたしますと、非常に穢(きた)なくなります。

 

  そればかりではない。金は後世への最大遺物の一つでございますけれ

ども、遺しようが悪いと、ずいぶん害をなす。 

  それゆえに、金を溜める力を持った人ばかりでなく、金を使う力を持った

人が出てこなければならない。

  かの有名なるグールド*のように、彼は生きている間に二千万ドルを

溜めた。 

 (*グールド―Jay(Jayson ) Gould 〔1836~92〕 アメリカの鉄道企業家、

金融業者。 

    強引な企業買収、金投資で、その名をとどめている。1869年9月の

“暗黒の金曜日”、 金暴落の原因は、彼の投機にあったという。)

 

  そのために、彼の親友四人までを自殺せしめ、アチラの会社を引き倒し、

コチラの会社を引き倒して二千万ドル溜めた。 

  ある人の言に、「グールドは、一千ドルとまとまった金を、慈善のために

出したことはない」と申しました。 

  彼は、死ぬ時に、その金をどうしたかというと、ただ自分の子供に、それ

を分け与えて、死んだだけでありました。

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  すなわち、グールドは、金を溜めることを知って、金を使うことを知らぬ人

であった。

 それゆえに、金を遺物としようと思う人には、金を溜める力と、またその

金を使う力とがなくてはならぬ。この二つの考えのない人、この二つの考

えについて十分に決心しない人が、金を溜めるということは、はなはだ危

険なことだと思います。


  さて、私のように金を溜めることの下手な者、あるいは溜めても、それが

使えない人は、後世の遺物に何を遺そうか。私は、とうてい金持ちになる

望みはない、ゆえに、ほとんど十年前に、その考えをば、捨ててしまった。

 

  それでもし、金を遺すことができませぬならば、何を遺そうかという実際

問題が出てきます。 

  それで、私が金よりも良い遺物は何であるかと考えて見ますと、事業です。 

事業とは、すなわち金を使うこです。金は、労力を代表するものでありま

すから、労力を使って、これを事業に変じ、事業を遺して逝くことができる。

 金を得る力の無い人でも、事業家は、たくさんいます。

  金持ちと事業家は、二つの別物のように見える。商売する人と金を溜め

とは、人物が違うように見えます。

 

  大阪にいる人は、たいそう金を使うことが上手であるが、京都にいる人は、

金を溜めることが上手である。 

  東京の商人に聞いてみると、金を持っている人には商売はできない、金

の無い者が、人の金を使(つこ)うて事業をするのであると申します。

 

  純粋な事業家の成功を考えてみまするに、決して金ではない。グールド

は、決して事業家ではない。バンダービルト*も、決して事業家ではない。 

(*バンダービルト―Cornelius  Vanderbilt(1794~1877)  アメリカの運輸

       業者。 

        まず海運業で成功を収め、やがて鉄道に転じ、グールドとも対抗し

   て、々に鉄道を買収、巨万の富を築いた。バンダービルト大学を

   創設。 その遺産は、一億ドル以上とも評価された。)
 

  バンダービルトは、非常に金を作ることが上手でございました。そして、

彼は、他の人の事業を助けただけであります。 



  有名なカリフォルニアのスタンフォード*も、たいへん金を儲けることが

上手でありました。 

(*スタンフォード―Leland  Stanford(1824~93)  アメリカの資本家、

       政治家。 

        1861~63年、カルフォルニア州知事、85年以降、終生、上院議員を

      務めた。 鉄道を経営、スタンフォード大学〔*下の写真、下方の物は、

 2005年6月の卒業式で”伝説のスピーチ”をした

    スチーブ・ジョブ氏〕 を創設。)

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  しかしながら、そのスタンフォードに、三人の友人がおりました。その友人

ことは、面白い話でございますが、時が無いから、お話をしませんけれど

も、金を儲けた人と、金を使う人と、数々あります。

 

  それですから、金を溜めて金を遺すことができないならば、あるいは、

神が私に事業をなす天才を与えてくださったかも知れません。 

  もし、そうならば、私は、金を遺すことができませぬとも、事業を遺せば、

充分満足します。それで、事業をなすということは、美しいことであるは、

もちろんです。

 

  ドウいう事業が一番誰にもわかるかというと、土木的な事業です。 

私は土木学者ではありませんけれども、土木事業を見ることが非常に好き

ございます。 

  一つの土木事業を遺すことは、実にわれわれにとっても快楽であるし、

また永遠の喜びと富とを後世に遺すことではないかと思います。

 

  今日も、舟に乗って、湖水の向こうまで往きました。その南の方に当たっ

て水門がある。その水門というは、山の裾をくぐっている一つの隧道であり

ます。その隧道を通って、この湖水が沼津の方に落ちまして、二千石乃至

三千石の田地を灌漑していることを聞きました。

 

  昨日、ある友人に会(お)うて、あの穴を掘った話を聞きました。その話を

聞いた時に、私は実に嬉しかった。 

  あの穴を掘った人*は、今からちょうど六百年も前の人であったろうとい

うことでございますが、誰が掘ったか分からない。 

  (*あの穴を掘った人―この講演の前日、たまたま耳にした話の紹介で 

ある。 

  史実としては、この隧道・箱根用水〔*下の写真〕は、駿河国駿東郡深良

村の名主・大庭源之丞の発企により、江戸浅草の富商・友野与右衛門ら

の参画を得て、寛文六年(一六六六年)八月に着工、巨額の工費と大量の

人力を投じて、三年半後の寛文十年(一六七○年)二月に完成したことが

知られている。徳川第四代将軍家綱の時代のことである。)

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  ただ、これだけの伝説が残っているのでございます。

すなわち、箱根のある近所に、百姓の兄弟がいて、まことに沈着であって、

その兄弟が、互いに相語(あいかたら)って言うに、「われわれは、この

有難き国に生まれてきて、何か後世に遺して逝かねばならぬ。それゆえに、

何かわれわれにできることをやろうではないか」と。

  しかし、兄なる者は言うた。「われわれのような貧乏人で、貧乏人には何

も遺して逝くことはできない」と言うと、弟が兄に向って言うには、「この山を

くり抜いて湖水の水をとり、水田を興してやったならば、それが後世への

大なる遺物ではないか」と言うた。

  兄は、「それは、非常に面白いことだ、それでは、お前は上の方から掘れ、

俺は、下の方から掘ろう。一生涯かかっても、この穴を掘ろうじゃないか」

と言って掘り始めた。

  それで、ドウいうふうにしてやりましたかと言うと、その頃は、測量機械も

無いから、山の上に標(しるし)を立てて、両方から掘っていったと見える。

  それから、兄弟が生涯かかって何もせずに・・・たぶん自分の職業になる

だけの仕事はしたでございましょう・・・兄弟して両方からして、毎年毎年

掘っていった。

  何十年でございますか、その年は忘れましたけれども、下の方から掘っ

てきた者は、湖水の方から掘って行った者の四尺上を往ったそうでござい

ます。

  四尺上を往きましたけれども、ご承知の通り、水は高うございますから、

やはり、竜吐水(りゅうどすい)のように向こうの方によく落ちるのです。

  生涯かかって人が見ておらない時に、後世に事業を遺そうというところ

の奇特な心より、二人の兄弟は大事業をなしました(*下の写真は、

当時の工事風景・・・昭和初期の映画より)

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  人が見てもくれない、褒めてもくれないのに、生涯を費やして、この穴を

掘ったのは、それは、今日に至っても、われわれを励ます所業ではありま

せぬか。

  それから、今の五ヶ村が何千石だか、どれだけ人口があるかは忘れま

したが、五ヶ村が頼朝時代から今日に至るまで年々米を取ってきました。

  ことに湖水の流れる所でありますから、旱魃というようなことを感じたこ

とはございません。

  実に、この兄弟は幸せな人間であったと思います。もし、私が何もできな

いならば、私は、この兄弟を真似たいと思います。これは、驚くべき遺物

です。

  たぶん、今往ってみましたならば、その穴は、長さたぶん十町(*ほぼ、

1キロメートル)かそこらの穴でありましょうが、その頃は、煙硝もない、

ダイナマイトも無い時でございましたから、アノ穴を掘ることは、実に驚く

べきことでございましたろう。  【つづく】

 

 

 

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