フォト
2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 後世への最大遺物(14) | トップページ | 後世への最大遺物(16) »

2012年12月22日 (土)

後世への最大遺物(15)

  私は、近世の日本の英雄、あるいは世界の英傑といってもよろしい人

のお話をいたしましょう。 

  この世界の英傑の中に、ちょうどわれわれの泊まっているこの箱根山

の近所に生まれた人で、二宮金次郎(*下の写真は、彼の生家)という

人がおりました。
                          Photo



   
  この人の伝を読みました時に、私は非常な感覚をもらった。それで、

ドウも二宮金次郎先生には、私は現に負うところが実に多い。 

  二宮金次郎氏の事業は、あまり日本に広まってはおらぬ。それで、

彼の成した事業をことごとく纏めてみましたならば、二十ヶ村か三十ヶ村

の人民を救っただけに止まっていると思います。

 

  しかしながら、この人の生涯が私を益し、それから、今日日本の多くの人

を益するわけは何であるかというと、何でもない、この人は、事業の贈物

にあらずして生涯の贈物を遺した。この人の生涯は、すでにご承知の方

もありましょうが、チョット申してみましょう。



  二宮金次郎氏は、十四の時に父を失い、十六の時に母を失い、家が

貧乏にして何物もなく、ために至極残酷な叔父に預けられた人であります。 

  それで、一文の銭もなし、家産はことごとく傾き、弟一人、妹一人持って

いた。身に一文もなくして孤児です。

 

  その人が、ドウして生涯を立てたか。叔父さんの家にあって、その手伝

いをしている間に、本を読みたくなった。 

  そうした時に、本を読んでおったら、叔父さんに叱られた。この高い油

を使って本を読むなどということは、まことに馬鹿馬鹿しいことだと言って、

本を読ませぬ。

    

  そうすると、黙っていて、叔父さんの油を使っては悪いということを聞き

ましたから、「それでは、私の油ができるまでは、本を読まぬ」という決心

をした。

  それで、どうしたかというと、川辺の誰も知らないところへ行きまして、

菜種を蒔いた。 

 一ヶ年かかって、菜種を五、六升も取った。それから、その菜種を持っ

いって、油屋へ行って油と取り換えてきまして、それからその油で本を

読んだ。

 

  そうしたところが、また叱られた。「油ばかりお前のものであれば本を

読んでもよいと思っては違う。 

  お前の時間も私のものだ。本を読むなどという馬鹿なことをせず、その

時間に縄をなえ」と言われた。それなら、仕方がない、叔父さんの言うこ

とであるから、終日働いた後で、本を読んだ、・・・・そういう苦労をした人

であります。

                         Photo_3

  どうして、自分の生涯を立てたかというに、村の人が遊ぶ時、ことにお

祭りの日などには、近所の畑の中に、洪水で沼になったところがあった。 

  その沼地を、叔父さんの時間でない、自分の時間に、その沼地より、

ことごとく水を引いて、そこでもって、小さい鍬で田地を拵(こしら)えて、

そこへ持っていって稲を植えた。こうして、初めて一俵の米を取った。

 

  その人の自伝によりますれば、「米を一俵取った時の私の喜びは、

何ともいえなかった。これ、天が初めて私に直接に授けたものにして、

その一俵は、私にとっては百万の価値があった」と言うておる。 

  それから、その方法をだんだん続けまして、二十歳の時に、叔父さん

の家を辞した。

 

  その時には三、四俵の米を持っておった。それから仕上げた人であ

ります。 

 それで、この人の生涯を初めから終わりまで見ますと「この宇宙とい 

うものは実に神様・・・・神様とはいいませぬ・・・・天が造ってくだされたも  

ので、天というものは、実に思慮の深いもので、人間を助けようとばかり  

思っている。  

  それだから、もしわれわれが、この身を天と地とに委ねて天の法則に 

従っていったならば、われわれが欲せずといえども、天がわれわれを助 

けてくれる」という、こういう考えであります。 

 

  その考えを持ったばかりでなく、その考えを実行した。その話は長うご

ざいますけれども、ついには何万石という村々を改良して、自分の身を、

ことごとく人のために使った。旧幕の末路にあたって経済上、農業改良

上について非常な功績のあった人であります。

             Photo_4
 

  それで、われわれも、そういう人の生涯、二宮金次郎先生のような人

の生涯を見ます時に、「もし、あの人にも、アアいうことができたならば、

私にもできないことはない」という考えを起こします。普通の考えでは

ありますけれども、非常に価値のある考えであります。

 

  それで、人に頼らずとも、われわれが神に頼り、己に頼って、宇宙の 

法則に従えば、この世界は、われわれの望む通りになり、この世界に、  

わが考えを行うことができるという感覚が起こってくる。

 (*下の写真は、二宮尊徳資料館)

        Photo_5

  二宮金次郎先生の事業は大きくなかったけれども、彼の生涯は、ドレ

ほどの生涯だったか知れませぬ。私ばかりでなく、日本中幾万の人が、

この人から「インスピレーション」を得たでありましょうか。

  あなたがたも、この人の伝を読んでごらんなさい。『少年文学』の中に

『二宮尊徳翁』というのが出ておりますが、アレは、つまらない本です。

  私がよく読みましたのは、農商務省で出版になりました、五百ページ

ばかりの『報徳記』という本です。この本を諸君が読まれますことを切に

希望します(*下の写真は、二宮尊徳の墓)

            Photo_6



   この本は、われわれに新理想を与え、新希望を与えてくれる本であり

ます。実に、キリスト教の『バイブル』を読んでいるような気がいたします。

  ゆえに、われわれが、もし事業を遺すことができずとも、二宮金次郎の、

すなわち独立生涯を躬行(きゅうこう・・・自分みずから行うこと)していっ

たならば、われわれは、実に大事業を遺す人ではないかと思います。

【つづく】

 

 

« 後世への最大遺物(14) | トップページ | 後世への最大遺物(16) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links