フォト
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 後世への最大遺物(12) | トップページ | 後世への最大遺物(14) »

2012年12月20日 (木)

後世への最大遺物(13)

   先日、カーライルの伝を読んで感じました。ご承知の通り、カーライル

が書いたものの中で一番有名なものは、フランス革命の歴史でござい

ます。               
 

Photo_2

          
                     (バステイーユ襲撃)

 

16
                  ルイ16世一族の逮捕)


  それで、ある歴史家が言うに、「イギリス人の書いたもので歴史叙事、

ものを説き明かした文体からいえば、カーライルの『フランス革命史』が、

たぶん一番といってもいいであろう、もし一番でなければ、一番の中に入

るべきものである」ということであります。

  それで、この本を読む人は、ことごとく同じ感覚を持つだろうと思います。

実に、今より百年ばかり前のことを、われわれの目の前に活きている画の

ように、ソウして立派な画人(えかき)が書いてもアノようには書けぬとい

うように、フランス革命のパノラマ(活画)を示してくれたものは、この本で

あります。   

                     
                             

Photo_6

                         ( 民衆を率いる「自由の女神」

                       ・・・・・ ドラクロア作 )

          Photo

                             ( アルプス越えのナポレオン
                

                                            ・・・・ジャック=ルイ・ダビッド作 )


                        
                
 

  それで、われわれは、この本に非常な価値を置きます。カーライルが

われわれに遺してくれたこの本は、実にわれわれの貴ぶところであります。

  しかしながら、フランスの革命を書いたカーライルの生涯の実験を見ま

すと、この本よりも、まだ立派なものがあります。この話は長いけれども、

ここで、あなた方に話すことを許していただきたい。

  カーライルが、この書を著わすのは、彼にとっては、ほとんど一生涯の

仕事であった。

  チョット『フランス革命史』を見ますならば、このくらいの本は誰にでも書

けるだろうと思うほどの本であります。

  けれども、歴史的な研究を凝(こ)らし、広く材料を集めて成った本であり

まして、実にカーライルが生涯の血を絞って書いた本であります。それで

何十年ですか忘れましたが、何十年かかかって、ようやく自分の望みの通

の本が書けた。

  それから、その本が原稿になって、これを罫紙(けいし)に書いてしまった。

それからして、これは、モウじきに出版する時がくるだろうと思って待って

おった。



  その時に友人が来まして、カーライルに会ったところが、カーライルが、

その話をしたら、「実に結構な書物だ。今晩、一読を許してもらいたい」と

言った。

  その時に、カーライルは自分の書いたものはつまらないものだと思って、

人の批評を仰ぎたいと思ったから、貸してやった。貸してやると、その友人

は、これを家へ持って行った。

  そうすると、友人の友人がやってきて、これを手に取って読んでみて、

「これは面白い本だ。一つドウゾ今晩、私に読ましてくれ」と言った。

  ソコで友人が言うには、「明日の朝早く持って来い、そうすれば貸して

やる」と言って、貸してやったら、その人は、またこれをその家へ持って行

って一生懸命に読んで、明け方まで読んだところが、明日の事業に妨げ

があるというので、その本をば机の上に抛(ほう)り放(はな)しにして、床

について、自分は寝入ってしまった。



  そうすると、翌朝、彼の起きない前に下女がやって来て、家の主人が

起きる前に、ストーブに火をたきつけようと思って、ご承知の通り、西洋

では、紙をコッパ(木端)の代わりに用いてクべますから、何かよいものは

ないかと思って調べたところが、机の前に書いたものがだいぶ広がって

いたから、これはよいものと思って、それをみな丸めて、ストーブの中へ

入れて火をつけて焼いてしまった。カーライルが何十年ほどかかった

『革命史』を焼いてしまった。

                     Photo


                     

   それで、友人が、このことを聴いて、非常に驚いた。何ともいうことがで

きない。他のものであるならば、紙幣(さつ)を焼いたならば紙幣で償(つ

ぐな)うことができる、家を焼いたならば、家を建ててやることもできる。

  しかしながら、思想の凝って成ったもの、熱血を注いで何十年もかかっ

て書いたものを焼いてしまったのは償いようがない。死んだものは、モウ

活きられない。それがために、腹を切ったところが、それまでであります。



  それで、友人に話したところが、友人も実にドウすることもできないで

一週間黙っておった。何と言ってよいかわ分からぬ。

  ドウモ仕方がないから、そのことをカーライルに言った。その時に

は、十日間ばかりぼんやりして何もしなかったということであります。

  さすがのカーライルも、そうであったろうと思います。それで腹が立った。

ずいぶん短気な人でありましたから、非常に腹を立てた。

  彼は、その時は、歴史などは抛りぽかして、何にもならないつまらない

小説を読んだそうです。

  (*ここに語られている原稿消失事件は、『フランス革命史』の第一巻 

    を書き終わった時のことであり、彼が原稿を貸した友人は、哲学者、

       経済学者として有名なジョン・スチュワート・ミル〔*下の肖像画〕

       ある。

          そのミルが、1835年3月、原稿焼却の厄にあうことになったミルの

        友人は、後にミルと結婚することになるテーラー夫人〔*下の

     肖像画〕 であったことが伝えられている。

           ミルは、その賠償に200ポンドを贈ったが、カーライルは、執筆再開

      期間の生活費として100ポンドを受け取って、1837年1月、再びそれを

    完成させた。

            しかし、カーライルの著作のうち、内村鑑三が最も心魂を奪われた

     ものは、『クロムウェル伝』だった。)

                                   Photo_2
                  

                               Photo_3

     【つづく】

 

« 後世への最大遺物(12) | トップページ | 後世への最大遺物(14) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links