フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« 後世への最大遺物(9) | トップページ | 後世への最大遺物(11) »

2012年12月15日 (土)

後世への最大遺物(10)

   今、ここに、丹羽さんがいませぬから、少し丹羽さんの悪口を言いまし

ょう(笑い声起こる)。

 *丹羽さん―丹羽清次郎〔1865~1957〕  明治23年〔1890年〕以来、

   東京YMCA主事をつとめていた。この第六回夏期学校の開校式で

   歓迎の辞を述べている。) 

・・・後で、言いつけてはイケマセンよ(大笑)。

  丹羽さんが、青年会において、『基督教青年』という雑誌を出した。

それで、私の所へも、だいぶ送ってきた。

 

  そこで、私が先日東京へ出ました時に、先生が、「どうです内村君、あな

たは、『基督教青年』を、ドウお考えなさいますか」と問われたから、私は、

真面目に、また明白に答えた。

 

  「失礼ながら、『基督教青年』は、私の所へ来ますと、私はすぐそれを、

厠(かわや)へ持って行って置いてきます。」

  ところが、先生、たいへん怒った。それから、私は、そのわけを言いま

した。

 

  アノ『基督教青年』を、私が汚穢(きたな)い用に用いるのは何であるかと

言うに、実につまらぬ雑誌であるからです。 

  なにゆえにつまらないかと言うに、アノ雑誌の中に名論卓説が無いから

つまらないというのではありません。 

  アノ雑誌のつまらないわけは、青年が青年らしくないことを書くからです。

 

  青年が学者の真似をして、つまらない議論をアッチから引き抜き、コッチ

らも引き抜いて、それを鋏刀(はさみ)と糊とでくッけたような論文を出す

ら読まないのです。 

  もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私は、これを大切にし

て、年の終わりになったら立派に表装して、私のLibrary(書函)の中の最も

価値あるものとして遺しておきましょう、と申しました。 

  それから、その雑誌は、だいぶ改良されたようであります。

 

  それです、私は、名論卓説を聴きたいのではない。私の欲するところと

会の欲するところは、女からは女の言うようなことを聴きたい。男から

は、男の言うようなことを聴きたい。青年からは、青年が思っている通りの

ことを聴きたい。老人からは、老人が思っている通りのことを聴きたい。

それが文学です。

  それゆえに、ただわれわれの心のままを表白してごらんなさい。ソウし

てゆけば、いくら文法は間違っておっても、世の中の人が読んでくれる。

それが、われわれの遺物です。 

  もし、何もすることができなければ、われわれの思うままを書けばよろし

いのです。

 

   私は、高知から来た一人の下女を持っています。 

  非常に面白い下女で、私のところに参りましてから、いろいろの世話をい

たします。ある時は、ほとんど私の母のように、私の世話をしてくれます。 

  その女が手紙を書くのを側で見ていますと、実に面白い手紙です。

 

  筆を横に取って、仮名で、土佐言葉で書く。あとで坂本さん*が出て、

土佐言葉の標本を諸君に示すかも知れませぬ(大笑拍手)。

  (*坂本さん―坂本直寛〔1853~1911〕 土佐の民権運動家、のちに

        牧師となった。第六回夏期学校の講師の一人。

    「雑感」「キリスト信徒の幸福」と題して講演した。

         坂本龍馬は、彼の叔父にあたる。  *下の写真

                 Photo


  ずいぶんと面白い言葉であります。仮名で書くのですから、土佐言葉が

ソックリそのままで出てくる。それで、彼女は、長い手紙を書きます。実に、

読むのに骨が折れる。



  しかしながら、私は、いつでもそれを見て喜びます。その女は、信者でも

何でもない。 

  毎月三日月様になりますと、私のところへ参って、「ドウゾ旦那さま、

お銭(あし)を六厘」と言う。「何に使うか」と言うと、黙っている。「何でも

よいから」と言う。

                         Photo_6

 

  やると、豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いて

みると、「旦那さまのために、三日月様に祈っておかぬと運が悪い」と申

します。私は感謝して、いつでも六厘を差し出します(大笑)。                     


  それから、七夕様がきますと、いつでも私のために七夕様に、団子だの

梨だの柿などを供えます。私はいつも、それを喜んで供えさせます。

                        Photo_3


  その女が書いてくれる手紙を、私は実に多くの立派な学者先生の文学を

『六合雑誌』などに拝見するよりも、喜んで見まする。それが、本当の文学

で、それが、私の心情に訴える文学。・・・文学とは、何でもない、われわれ

の心情に訴えるもあります。

(*『六合雑誌』―明治13年〔1880年〕、小崎弘道、植村正久らを中心と

   する「東京青年会」の機関誌として創刊された評論集。キリスト教の

   立場から、当時の国家主義的潮流と対決する論陣を張った。)



  文学というものが、ソウいうものであるならば・・・・ソウいうものでなくては

ならぬ。 

・・・・それならば、われわれはなろうと思えば、文学者になることができ 

ます。

  われわれが文学者になれないのは、筆が執れないからなれないのでは

ない。われわれが漢文が書けないから、文学者になれないのでもない。
 

 

  われわれの心に鬱勃(うつぼつ)たる思想(*鬱勃・・・意気が盛んに湧き

起こるさま)が籠もっておって、われわれが心のままに、ジョン・バンヤンが

やったように綴ることができるならば、それが第一等の立派な文学であり

ます。

  カーライルが言った通り、「何でもよいから深いところへ入れ、深いところ

には、ことごとく音楽がある」。

 

  実に、あなたがたの心情を、ありのままに書いてごらんなさい。それが、

流暢なる立派な文学であります。

  私自身の経験によっても、私は文天祥(ぶんてんしょう)*がドウ書いた

か、白楽天*がドウ書いたかと思っていろいろ調べて、しかる後に書いた

文よりも、自分の心のありのままに、仮名の間違いがあろうが、文法に合

うまいが、かまわないで書いた文の方が、私が見ても一番良い文章であ

って、外の人が評してもまた一番良い文章であるといいます。文学者の

秘訣は、そこにあります。

   (*文天祥―南宋末の忠臣〔1238~82〕。著書に『文山集』がある。

    元兵にとらえられて屈せず、生命を捨てて節を守ったこと、

        獄中で作った「正気の歌」で知られる。*下の肖像画

                            Photo_4


   (*白楽天―白居易〔772~849年〕のこと。楽天は字。唐の詩人。

         「長恨歌」「琵琶行」など、その詩は流麗かつ平易、広く愛誦され、

    『白氏文集』とともに、平安朝以来、日本文学にも影響を及ぼして

    いる。*下の肖像画)                        Photo_5

  こういう文学ならば、われわれ誰でも遺すことができる。それゆえに有難

いことでございます。

  もし、われわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が

言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というものを

下さいましたから、われわれは、文学をもって、われわれの考えを後世に

遺して逝くことができます。   【つづく】

 

 

 

 

 

 

« 後世への最大遺物(9) | トップページ | 後世への最大遺物(11) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links