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2012年11月12日 (月)

水浦征男師の『この人』(12)

    ダミアン神父について(4)





  ヨセフは、ハワイからの第一信を、ベルギー・トレムローの両親に宛、

次のように、書き送りました。 

  「とうさん、かあさん。 

  『ダミアン神父』になって初めてお便りします。美しい景色と、善良な人々

に囲まれ、けれど乱れた風紀と、偶像崇拝のまっただ中にいる宣教師と

して、ぼくの使命は何と重大で何と難しいかを、改めて感じています。 

  どうぞ、ぼくのためにたくさんお祈りください。ほんの一瞬でも神の助け

がなくなったら、ぼくはたちまち押しつぶされてしまいますから。・・・・・」

 

  これは、とても正直な思いだったことでしょう。 

ところで、ダミアン神父の最初の赴任地は、ハワイ島(*下の写真)のプナ

でした。 

        Photo_4

  新任地プナから、ダミアン神父は、故郷の両親に、こう書き送りました。 

  「とうさん、かあさん。 

  お元気ですか?  プナに来て、あっという間にもう三ヶ月あまりたちました。 

なかなか手紙が書けなくて、ごめんなさい。でも、今までとても忙しかった

のです。 

  とにかく、ぼくの任地は広くて、馬とラバを使うのですが、乗れる所は

わずかで、必ず足を使わなければならないのです。 

  頑強な体を与えてくださったことを、どんなに神に感謝しているでしょう。 

それに、とうさんの仕事の手伝いをしていたおかげで、体力には自信が

あります。

 

  ぼくは、毎日、小さい祭壇を背負って、溶岩の上を何時間も歩いて、遠く

離れた所に住んでいる信者を訪ねます。そして、そこでミサを捧げたり、

秘跡を授けたりするのです。もちろんハワイ語でね。 

  プナは、とても静かで穏やかな所です。ここの静けさは、ぼくにトレムロー

を思い出させます。ああ、トレムローの自然を目にすることは、二度とない

かもしれませんね。 

  でも、イエスさま(*下の写真)は、『わたしは世の終わりまであなたたち

といる』といってくださったのですから、ぼくは何も恐れていません。

           Photo

  ここの人々の性のモラルは、まったくめちゃめちゃです。夫婦同士で相手

を取り替えるなんて、珍しいことではないようです。ですが、そのおかげで、

彼らはぼくのことを、とりわけ尊敬してくれます。 

彼らにいわせると、独身を通している男、しかも家を離れて、こんな遠くで

一人で暮らしているぼくという男には、特別な力が備わっているに違いな

いそうです。この地区に、白人はぼく一人です。

 

  ぼくはここの人々が、大好きです。人がよくて、陽気で、純真で。 

一夜の宿を求める人には、たとえそれが見知らぬ人であろうとも、自分の

持っているものをすべて与えてしまうのが、ハワイの人々のやり方なの

です。 

  それは、ヨーロッパ人に慣れたぼくの目に、とても新鮮に、とても素晴らし

くうつります。彼らもぼくのことがとても好きで、行くといつでも大歓迎して

くれます。 

彼らはぼくの名前が発音できずに、ぼくのことをカミアーノと呼ぶんですよ。 

  ぼくは、初めの巡回で29人に洗礼を授けました。洗礼志願者もどんどん

増えています。それに、風紀の面でも、初めのころよりもかなりよくなって

います。・・・」と。
 

 

  このころ、ハワイ諸島には、ハンセン病が広がっていました。ハンセン病

は、神経が冒され、体の末端から、感覚をなくしていく、恐ろしい病気です。 

  「ろうそく病」という別名からもわかるように、手足も顔も肉が崩れ、次第

に変形します。急には死にませんが、ゆっくりと確実に死に向かうという、

当時の医学ではほとんど不治の病でした。 

  非常に伝染性が強いので、危険でもありました。ダミアンがハワイへ来

る船の中で聞いたように、もともと、ハワイにはなかった病気で、18世紀の

末に黒人、中国人、ポルトガル人のいずれか(または、複数の国の人間)

が、ハワイに持ち込んだと見られています。



  ハンセン病であると診断された人々は、まずホノルルに連れて行かれ、

そこからモロカイ島(*下の写真)に送られるのでした。患者たちを乗せ

た船が出るとき、ハワイ島の港には、うめき声とすすり泣きしか聞こえま

せんでした。

 送る者にとっても、送られる者にとっても、別れの辛さは同じでした。 

  (神よ、この声を聞いてください。これを見てください。なぜ、こんなに

むごいことをお許しになるのですか?)

         Photo_3

         Photo_4



  そんな光景に接するたびに、ダミアンは、血を吐く思いで祈りました。 

彼は船が出るたびに、港へ行きました。モロカイ島へ行く人々に、最後の

祝福を与えるために。 

  その日もホノルルに向かう船を送るため、ダミアンは港へ行きました。

いつもと同じように船の甲板は、涙と泣き声に満ちていました。ダミアンは、

人々に祝福を与えて回りました。

 

  そのとき、うずくまっていた一人の女が顔を上げて、ダミアンを見ました。

それは、はっとするほど、暗い目の色でした。

  彼女はダミアンの教会の信者で、毎日花を飾り、祭壇が美しいようにと、

いつも細かく気を配ってくれていました。

            Photo_2


  ダミアンは、胸のつぶれる思いでした。祝福を与えようと上げたダミアン

の手を、女は払いのけました。

「祝福なんていらない、カミアーノ、わたしは、もう祈ろうとも思わない」

「なぜ、そんなことをいうんだ?」

  女は、流れる涙を拭おうともせずにいいました。

  「神がわたしを見捨てたから。神が先にわたしを見捨てたから、わたしも

神を見捨てるのです。

  カミアーノは、神が先にわたしたちを愛してくださった、といったけれど、

あれは本当ではなかったわ」

  「違う。神は決してあなたを見捨てたのではない!」

  女は、首をふりました。

  「いいえ、カミアーノ。それじゃあ、どうして神父さんが一人もいない島に、

わたしたちを送るようなことをなさるんですか? 死んで行く人や、死を

まっている病人には、神父さんが一番必要じゃありませんか? 

 秘跡も受けずに死んでいく、わたしたちの魂の救いはどうなるの? 

カミアーノ、神さまは、もうわたしたちを見捨ててしまったのよ」

  女はダミアンが授けようとしたご聖体も、拒みました。




  やがて、船は出ていきました。が、ダミアンの耳には、あの女の悲痛

な叫びが残っていました。

  「神はわたしを見捨ててしまった! 神が先にわたしを見捨てたから、

わたしも神を見捨てる」

  (ああ、神よ。この悲しい叫びが聞こえますか? イエスよ。十字架上で

『わたしの神、どうしてわたしを見捨てられたのか』といわれたあなたには、

信じていた神に見捨てられたと思う辛さが、誰よりもよく分かるはずなの

に。なぜ、黙っていられるのです。何とかしてくださることは、できないの

ですか?)

  心の中で、ダミアンは必死に祈りました。

長い時が過ぎました。

  不意に、彼は啓示を受けたように顔を上げました。ダミアンの心に、ある

考えが閃いたのです。

(そうだ、ぼくが、モロカイ島へ行けばいいんだ)

  こんな単純なことに、今までなぜ気づかなかったのだろう、とダミアンは

思いました。

 神に向かって、何とかしてくださいと祈るばかりで、自分に何かできると

は思っていませんでした。

  (モロカイ島へ行こう。神が彼らを見捨てられたのではないことを、証し

するために。

何という素晴らしい使命が、自分を待っていたのだろう。モロカイ島へ行

こう、それもできるだけ早い機会に)

  ダミアンは幸せでした。

 

Photo_3
 
  その機会は、ダミアンが考えていたよりも早く訪れました。

  約一ヶ月後のことです。マウイ島のワイルクで、新しい教会の献堂式が

ありました。

  6年もかかってやっとできた、立派な教会でした。この献堂式のため

ハワイ諸島の各地から、イエズス・マリアの聖心会の司祭が集まりました。

  献堂式を経た後の会食のあと、メグレ司教が、ためらいがちに口を開き

ました。

  「さて、モロカイ島のハンセン病者の隔離施設のことだが・・・・。

  このごろでは、保健局の規則もいろいろうるさくなって、神父の出入りも

以前のようにはできなくなった。あそこに常住の神父が欲しいことは、いう

までもない。信者たちは何よりもそれを望んでいる。しかし・・・」

  「司教さま、わたくしに行かせてください」

ダミアン神父が、そう口を開きました。

  でも、それを願う神父が、ほかに二人いました。

しかし、二人は、ハワイに来てまだ日も浅く、モロカイ島では、ダミアン

神父が適任だと思われました。

  それで、まずダミアン神父が送られ、四人の交代制にすることが考えら

れました。

 しかし、その後、16年間、彼が最後の息を引き取るまで滞在することに

なります。

  モロカイ島での生活につきましては、また、明日にいたします。 【つづく】

 

 

 

 

 

 

 

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