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2012年11月 8日 (木)

水浦征男師の『この人』(9)

       ダミアン神父について(1)


  「ダミアン神父」について語ります前に、柳谷圭子さんにつきまして、

少し付言したいと思います。

  同氏が、著名な童話作家(あるいは、児童文学者)であることは、

皆さま、ご存知の通りです。

  実際、柳谷さんは、次のような名作を物していらっしゃいます。

○ 『くららおばさんは魔法使い?』(旺文社創作児童文学、1989年)

○ 『クリスマス・イブにきたおとこのこ』(ドン・ボスコ社、1992年)

○  『おばあちゃんイースターおめでとう』(日本基督教団出版局、1993年)

○  『にほんのおはなし―だいくとおにろく ばけくらべ ねずみののすもう』

      (小学館の保育絵本2~4歳)(小学館、1994年)

○ 『マッチうりのしょうじょ―アンデルセン童話』(ドン・ボスコ社、1996年)

○ 『ふしぎ時間はいかが?』(旺文社創作児童文学、1997年)

○  『サンタクロースへのてがみ』(日本基督教団出版局、1998年)

○  『ガラスの花かご(とっておきのどうわ)』(PHP研究所、1998年)

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  上記の諸作品を、実際、お読みになられた方もいらっしゃると思います。

童話は、幾つになって読んでも、何か心に残るものがあります。

  きっと、われわれが忘れつつある”大切なもの”を思い出させてくれるか

らでょう。

 柳谷作品は、そのような「美しい宝石」を散りばめた名作だと思うのです。


  さて、次に「ダミアン神父」について、語りたいと思います。

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 本著の題名は「二つの勲章」です。

正直「二つの勲章」とは、一体、何のことか?と思います。

  しかし、柳谷さんの文章を読みますと、”成程!”と感じます。

  柳谷さんは、「あとがき」に、次のように書いておられます。

≪ダミアン神父は、その生涯に二つの勲章を受けた。

   一つは人からのものであり、華やかさを伴っていた。一つは神から

のものであり、いたましさを伴っていた。

   神からの勲章が、汚れていたり、不名誉なものであったり、世の蔑

(さげす)みを招いたり、病気の形をとったりしているとき、わたしたちは、

それが勲章であるとは、なかなか気付かないものである。

   だが、彼は、ハンセン病を「神からの勲章」と呼んでいとおしんだ。

そして、自らがハンセン病になったとき、やっと本当に、ハンセン病患者

気持ちがわかる、といって喜んだという。

   そんなダミアン神父の帰国を、人は「凱旋」という。はたしてそうだ

うか?

  神の栄光だけを求め続け、自分に光があたることをむしろ嫌った彼は、

いつまでも患者たちのカミアーノとして、モロカイ島にいたかったのでは

なかろうか?

   ダミアン神父は、この世の名誉を追いかけた人ではなかった。

彼はモロカイ島にわたってすぐに、

 「わたしは世から忘れられて、この苦しむ人々の中で暮らしたい」

と、兄パンフィルに自分の気持ちを打ち明けている。

   ダミアン神父の生涯について、その人となりについて知れば知るほど、

彼の遺体をモロカイ島から運び出したことは、大きな間違いだったのでは

ないかと思えてくるのである≫と。



  文中の「カミアーノ」というのは、現地の人々から呼ばれた「愛称」です。

みんなは、なかなか「ダミアン」と発音できず、彼のことを、「カミアーノ」

と呼びました。

   ところで、これほど激しく、かつ正直な思いを吐露した「あとがき」を読ん

だのは、私にとりまして、まさに初めてのことでした。

  この文章に、柳谷さんの”万感の思い”が込められているように感じます。

本著を、じっくりと読んでみますと、まるで”詩文”のような格調の高さと

軽快なリズム感に満ちていて、とても読み易く、かつたいへん魅力的な

作品です。

  また、作者の柳谷さんご自身が、まるで「ダミアン神父」に成りきられた

ような迫力が感じられ、読む者の心を、ぐいぐいと引っ張って行きます。

 本著を執筆中、 作者ご自身が心を澄まし、できる限りダミアン神父の

「心」肉薄しようとされたように感じます。

  その視点からしますと、この「あとがき」に共感できるような気がします。

唯、言えますことは、柳谷さんは、他の聖人たちに対してと同様、ダミアン

神父を、心から敬愛していらっしゃるのではないかということです。

  書物には、様々なものがありますが、本著のように、読み手の魂を激し

く揺さぶるような名著は、決して、そう多くはないでしょう。

  皆さんにも、是非、読んで頂きたいと思います。

  また、出版元の「ドン・ボスコ」社は、私にとりましても、たいへん懐かしい

出版社です。

  いつかも書きましたが、1977年に、同社で、「言葉の花束」というエッセ

イ集を連載させて頂きました。

 因みに、柳谷さんの本著が出版された年、偶然にも、私は、ハワイの

ホノルルで勉学しておりました。

 

  ところで、本題の 「ダミアン神父」、つまりヨセフ・デ・ブースターは、

1840年1月3日、ベルギーのフランドル地方のトレムロー村に生まれま

した。

  父はジョン・フランソワ、母は、アンナ・カタリーナでした。二人は、熱心

なカトリック教徒で、ヨセフは、夫妻の7番目の子であり、末の男の子だ

した(*下の写真は、彼の生家)

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  ヨセフは、父にとって”後継ぎ”として期待されましたが、結局、彼は

兄や姉同様、聖職者(=司祭)の道を選びました。

  しかし、それまで、父の下で厳しい農作業に従事していたヨセフの強健

な身体は生涯、聖職者としての彼を支え、助けました。

  彼の生涯につきましては、次の機会に譲りたいと思います【つづく】

 

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