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2012年11月26日 (月)

水浦征男師の『この人』(19)

   日本で「花」と言えば、やはりでしょう。

無論、皇室に馴染みの深いもありますが、実は、桜も菊も法的な意味

で、「国花」というわけではありません。むしろ、慣習的に、両者が、日本を

代表する花だと考えられています。

  それに価する中国の代表的な花は「梅」ですね。

それゆえ、中国の絵には、多く梅が描かれるような気がします。

  かつて、本居宣長は「敷島の 大和心を 人問わば  朝日に匂う 山桜

花」詠みました。この場合の山桜とは、「ソメイヨシノ(*下の写真:小田原

城址のソメイヨシノ)を連想させます。 

                   Photo_4

  つまり、一つひとつの花弁の美しさというよりも、むしろ全体としての淡い

美しさの中に“日本らしさ”や日本的な美が存在しているように感じられます。

  唯、日本も、ある意味、広いですので、北海道の方々にとって桜と言えば、

実は、「ソメイヨシノ」のような一重(ひとえ)の桜ではなく、むしろヒガンザ

クラのような八重桜を指すのではないでしょうか。

  これは、北海道だけでなく、沖縄や静岡県の河津市の桜も、大体が八重

桜のように感じます。

  今日のお話は、日本で一番「桜」に詳しいと思われる桜守・浅利政俊氏

についてです。それは、次のようなものです。




  ポーランドに日本の桜を

                              小学校教諭   浅利政俊さん 

 

  「桜の花の咲く国」―、ポーランドでは、日本のことをこう呼ぶそうだ。 

それほど、日本の桜の花は、ポーランドの人たちに知られている。 

  しかし、実際に日本の桜の美しさを見ることのできるポーランド人は

ほとんどいない

            

  今、ポーランドに日本の桜の苗木を贈りたい、という篤志家がいる。
 

北海道亀田郡七飯町に住む、浅利政俊さん、56歳。 

  浅利さんの本職は小学校の教諭だが、名だたる桜研究家でもある。 

研究は単なる観察ではなく、実際に桜を植え、育てるという実地研究だ。

 

                         Photo_6

  大学時代から、恩師の指導を受けながら、桜の種々の品種の収集や

保存に努めた。今日までに浅利さんが作り出した桜の新種は104種に

も及ぶ。 

  その中には、日本一の大輪、マツマエベニタマエ(*下のA)や美しい

紅色のマツマエベニムラサキ(*下のB)がある。マツマエとは松前の

ことで、昔から桜の名所として知られる。 (A)

              Photo_2

                             (B)

            Photo_3

 桜の権威、浅利さんがポーランドに桜を贈ろうと思いたったのは、この

夏の終わり頃だった。 

  今年6月8日、NHKテレビ『ぐるっと海道3万キロ』で浅利さんが紹介

された。

 

それを観た群馬県の一婦人が、浅利さんに手紙を送って、『ポーランド

に桜を贈ってくれませんか』と依頼した。

  その婦人は、この7月ポーランドに行き、コルベ神父ゆかりの「ニエポ

カラヌフ」修道院(*下の写真:ブログ「鷲鷹のワルシャワなどの情報」

並びにブログ「たぢおの真相」より拝借)を訪ねた。

               Photo_4

           Photo_5


 修道院には日本を紹介する展示室があったが、あまりにも貧しかった。 

 そこで、あの修道院の庭に日本の桜を植えたら、ポーランドの人たち

は日本にもっと親しみをもってくれるのではないだろうか、と群馬の婦人

は思った。



  浅利さんは、この依頼にすぐ応じた。さっそく、コルベ神父の伝記を

取り寄せて、彼の生涯を知った。

 子ども向けに書かれたコルベ神父の本を読んでいるうち、涙がこぼれた。

ずっと前に、『聖母の騎士』誌を手にしたことがあったが、それが、コルベ

神父の作った雑誌だとは知らなかった。



  コルベ神父との不思議な縁を感じるという浅利さんは、すでに桜の移

について準備に取りかかっている。 

  ポーランドの気候、土壌、庭の敷地の広さなど、聖母の騎士修道院を

通して調べている。 

  「贈る苗は、日本を代表する有名な桜の母樹から育成したもの、最高の

ものをと考えています。 

  例えば、現在日本一のシダレ桜といわれる福島三春町の『滝桜』

(樹齢600年以上:下の写真)の孫桜にあたるものです」 

           Photo_7

  浅利さんはカトリック信者ではないが、「この木々や草花のうちに神様

の御手を見ています」と話している。 (『聖母の騎士』1987年 11月号)




 最後の「この木々や草花のうちに神様の御手を見ています」とのお言葉

 の、意味の深さを強く感じます 

  浅利氏は現在、82歳です(今も御存命ならば)。同氏がご存命か否か、

その詳細は知りません。無論、ご存命であられますことを、心より願って

います。

 

  ここに、4年前、函館市が発信した「函館開港150周年記念事業 公式

ウェブサイト『ハコダテ150』」があります。この中に、浅利氏のことが取り上

げられていました。 

  その中で、函館の桜守・浅利氏は、「桜とは、伝統と革新の精神を兼ね

そなえた花です」と仰います。この言葉の説明はありませんが、なかなか

含蓄のある言葉だと思います。

  皆さんは、この言葉を、どのように理解されますでしょうか?

ところで、 解説文は、次のように始まります。

 

 「桜と日本人の結びつきは、花の美しさを楽しむだけではない。村の里

山にヒガンザクラ(*下の写真)が咲く頃が、稲の種まきを始める目安とさ

れていたように、暮らしの中で桜は生きて来た。

                          Photo_5

  桜の品種は、現在300種以上と言われる。日本人は多くの桜を生み出し、

美しさを楽しみ、長年ともに生きてきた。 

  そして、桜と桜の里を守り育てる人を「花守(はなもり)」と呼び尊敬して

きたのである。

 

 浅利さんは、北の地の花守り人である。浅利さんが育種(新種改良)し

た桜の新品種は、現在100種を超えている。浅利氏は言う。 

  「桜の花びらは、桜の木が生きている証(あかし)なんです。花が咲く

瞬間は、人で言えばお産の瞬間です。全生命をかけた、神々しい美しさを

感じます。 

  赤ちゃんを産んだ母親は、ひじょうに美しく優しい表情をするのと同じ

ように、花を咲かせた木は、げっそりとやせ細って見えるんですよ」

 

  浅利さんは、こう続ける。 

  「私は、百姓(農家)の生まれですから、小さい時から木や花に囲まれ

て育ちました。 

 コツコツと情報を集めて、桜を育てるという育種の基本は、農家の仕事

とまったく同じなんですよ」と。
 
  浅利さんは、母親の言葉が桜守・浅利政俊の原点の一つだと言う。

「木や花を育てることは、誰に迷惑をかけることではない。誰かに怒られ

ることもない。母親は、そう言っていました」。

 実家の庭には、関山という八重桜が咲いていた。

  これまでの成果は、そしてこれからの研究は、誰かに引き継がれるの

かと聞くと、浅利さんは首を振る。

 「それでも孫がね、虫や植物が好きなんです。少し期待しているんです

がね」と笑みを浮かべた。

  桜を守り生み出す花守の家に、今度は、新しい「人」が育ち始めている

ようだった。



  「桜は優しく美しく普遍的なものだ」と浅利さんは、話す。

  「松前の桜は、八重桜が中心です。ソメイヨシノのように散りぎわが珍重

されるというのは、少し不自然な感性とも言えます。八重桜は平安時代

から、その美しさが注目されてきた品種です。松前では、冬を越えて

精一杯に花を咲かせる、その盛りを楽しんでほしいですね」

  1993年、イギリスのロンドン郊外にあるウィンザーの王立公園「グレート

パーク」に、52品種・約150本の八重桜が空輸された。

  それらはすべて、浅利さんが松前で生み出した桜たちである。浅利さん

の桜は、遠く海外でも評価されている(*転載、終了)


   「ソメイヨシノのように散りぎわが珍重されるというのは、少し不自然な

感性とも言えます」とのお言葉が、正直、非常に意外なものでした。

  でも、八重桜が圧倒的な北海道からすれば、たいへん自然な言葉なの

かも知れません。

 日本は、やはり西と東、北と南とでは、自然や気候、それに風土が異な

ります。全く同じで均質などということはありません。

  むしろ、二元的、あるいは多元的な重層性を持ったところに、日本文化

や風土・風物の特徴があるのだと思います。

  浅利氏のお言葉を通じて、そのような日本の多様性を感じることができ

ましことは、たいへん有意義で、よかったと思うのです。

  思わぬ所から、思わぬ”発見”がありました。  【つづく】

 

 

 

 

 

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