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2012年11月13日 (火)

水浦征男師の『この人』(13)

   ダミアン神父について(5)


  1873年5月10日、ダミアン神父とメグレ司教が乗ったキラウエア号は、

モロカイ島(*下の写真)カラワオ港に到着しました。

       Photo_7

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  メグレ司教とダミアンが船から降りるのを見て、首にロザリオを下げた

何人かが二人に近づいて来ました。その中には、ダミアンの顔見知りも

何人かいました。

  彼らは、(ハワイ島の)プナやコハラ時代に、ダミアンが受け持っていた

教会の、信者たちでした。

  しかし、数年または数ヶ月会わないでいた間に、彼らの顔は、だいぶ

変貌をとげていました。ある者は鼻が無くなっていましたし、ある者は耳

が変形していました。

  口がゆがんでしまった者もいました。目の代わりに、二つの穴が開いて

いるように見える者もいました。

  それは、コハラで見慣れたハンセン病患者とは、あまりにも違っていま

した。

  自分がごく初期の患者ばかり見慣れていたことに、ダミアンは気づかさ

ました。


  覚悟はしてきたものの、あまりのむごたらしさ、恐ろしさに、ダミアンは

身震いしました。

  メグレ司教は、そんなダミアンを気づかうようにふりかえり、

「帰ろうか?」と、優しくささやきました。

  ダミアンは、かぶりを振ってきっぱりといいました。

「いいえ、司教さま」

  メグレ司教は、集まって来た人々に、ダミアンを示しながらいいました。

「今日は、よい知らせを持って来ましたよ。ここにいるダミアン神父が、

あなたがたのお世話をするために、ここに住むことになりました。

  みなさんは、これからはいつでもミサに与かれるし、秘跡も受けられ

ます」

  信者たちの間から、喜びの声が起こりました。涙にむせぶ者もいました。

メグレ司教は微笑みを浮かべて、そんな彼らを満足そうに見回しました。


  聖堂(=教会)を出た所で、ダミアンを待っていた一人の患者が、おず

おずと果物を持ったかごを差し出しました。

                       Photo_3

  彼の手には指が三本しかなく、傷口には血と膿(うみ)がにじんでいま

した。

 が、ダミアンは、まるでそんなことは気にしないように、かごを受け取り

ました。

「やあ、ありがとう。助かるよ」

  この人々に心を開いてもらうためには、彼らを汚いと思ったり、伝染の

心配をしている様子を毛の先ほどにも見せてはならない、とダミアンは

固く決心していました。


  ダミアンは、教会(*下の写真)での説教の呼びかけに、彼は「兄弟の

みなさん」とはいわず、「わたしたちハンセン病患者は」といいました。

  ダミアンは、最初から人々と同じ高さに立とうとしました。

彼のこの姿勢は、終生変わりませんでした。

         Photo_9


  ある夜、司祭館内で、両親に向けて手紙を書いていました。

その時、あわただしい声がダミアンの名を呼んでいました。

毎朝、ミサに与かっている、熱心な信者でした。

  「カミアーノ、すぐ来てください。死にそうな女の人がいるのです。

カトリック信者です」

  ダミアンは、書きかけの手紙をそのままにして、すぐに立ち上がりました。

「場所は?」

「わたしの家です」

  ダミアンは、聖油と聖水(祝福された特別な水)を持って彼女の後を

追い掛けました。女は小走りに道を急ぎながら、いいました。

「一週間前に見舞ったら、とても弱っている様子なので、無理にわたし

の家に連れて来たんです」

「どうして、カトリック教徒だとわかった?」

「自分でいったんです。カミアーノを呼んでほしいって。今まで彼女が

カトリックだということは、知らなかったんです。小さな家に一人で住んで

いて、ほとんど誰とも口をききませんでしたから」

  中に入って、隅の床の上にマットを敷いて横たわっている病人を見た

とき、ダミアンは自分の”予感”が当たっていたことを知りました。

  鼻も耳もほとんど穴だけになるほど変形が進んでいましたが、それは、

彼が探し続けていた、あのときの女でした。

  ダミアンが近づいたのを気配で悟ったのか、女はうっすらと目を開け

ました。

「ああ、カミアーノ、来てくれたんですね・・・・」

  ダミアンは、木のこぶのように固い手を、優しく握りしめました。

「ここにきてから、ずっと探していたんだよ。どうして教会に来なかった?」

「二度と祈るまいと、心に誓っていたからです。神さまを恨み続けていたか

らです。カミアーノのことを、みんなが話していました。カミアーノが来て

くれたのを、みんながどんなに喜んでいたか・・・」

  女は、目を閉じました。涙が土色の頬に筋を引きました。

「でも、わたしは行かなかった。もうわたしとは、違った世界のことだと思っ

ていたから。それなのに、最後の時になったら、やはりカミアーノに祈って

ほしいと思いました。

  カミアーノ、神さまはわたしを許してくださるかしら? こんなに長い間、

神さまを恨んで、神さまから離れていたのに」

「もちろんだよ」

と、ダミアンは、大きくうなずきました。

 「きみは神さまから離れていたんじゃない。祈るまいと心に決めてから、

どんなにか苦しかったろうね。言葉にはしなくとも、その苦しみは立派に

きみの祈りだよ。

だから、何にも心配しなくていい。安らかな気持ちで天国へ行きなさい」

  女は安心したように、にっこりしました。

「ああ、カミアーノ、神さまってよい方ですね。わたし、いま本当に幸せ

です。いつまでも神さまに意地をはっていなければ、もっと楽になれた

のに。

  カミアーノ、神さまはわたしをお見捨てにはならなかったわ。あなたが、

それを証ししてくれました。ありがとう、カミアーノ」

  目を閉じてしまった女の膿のにじむ額に、ダミアンは聖油で十字をか

きました。

女はそれきり目を開かず、明け方に息を引き取りました。

  死に顔は、安らかそのものでした。

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  ところで、ある日、ダミアンは、陽気でお祭り好きな、ハワイの人々の

気性を思い出しました。そして、こう考えました。

(そうだ、彼らに音楽を勧めてみよう)

  楽器を演奏することによって、すさんだ彼らの心は慰められる。自分に

も何かができるという自信は、彼らにとっては非常に大きな励みになる。

  彼は早速、ホノルルに手紙を書き、いらなくなった楽器と譜面を送って

ほしいと頼みました。

                Photo

  やがて楽器が着きました。患者たちは、ダミアンが思っていたよりずっ

と熱心に、楽器の演奏に取り組みました。やがて、患者たちは、立派に

美しく演奏するようになりました。

  たびたびある葬式も、音楽を伴うことによって、もっと崇高で厳粛なもの

になりました(*下は、ブラスバンドのイメージ

            Photo_2

  人々は、自然に天国の安息のことを、永遠の生命のことを、以前より

考えるようになりました。

  ホノルルから送られてきた新しい患者も、自分たちを迎えてくれる

楽隊の人々の明るさに接して、とても慰められました。

  ダミアンは、大祝日には必ず彼ら楽団員と共に行列をしました。その日

には、カトリック教徒だけでなく、プロテスタントの信者も、キリスト教徒

以外の人々も、にこにこ笑いながら行列見物をしました。

  涙と恐れと不潔さしかなかった絶望の島に、笑顔が見られるように

なったのです。

 人々は、生きる意味を知り、死への恐怖を忘れたの

でした。 【つづく】

  (後記:明日14日と明後日15日、私用のため、お休みいたします。)

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