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2012年10月 8日 (月)

エッセイ「心のままに」(完)

   生命の揺籃(=ゆりかご)

 

   樹木は、人間の命の源。― 

私たちは、樹木によって癒される。 

  身も心も疲れた時、人は、樹木の下に佇むとよい。 

必ず、身体の健康と心の平安を得ることができよう。 

樹木こそは、人間にとって「母なる自然と言えよう。

Photo
 日本人の心

の優しさは、

樹木を大切

にするところ

から生じたの

ではあるまい

か。 

 生命の源は、

海から生じた。

その海を育む

のが、樹木

森である。 

 私たちは、

その樹木を大切にしなければならない。



  樹木を根絶やしにするような行為は、もはや文明とは

言えない。中国を見れば、分かるではないか。 

  それは、人類だけでなく、あらゆる生命の“死”を意味す

る。 

 樹木こそは、すべての生命の揺籃である。






 人知れず“善”を積む
 

 

  「陰徳」という言葉があります。 

人に知れぬように施す恩徳(『広辞苑』)と言われます。 

それは、人知れず“善”を積む行為とも言えます。

 

  「陰徳あれば陽報あり」という言葉もあります。 

陰徳を積む人には、陽報(=よい報い)が得られると考え

られています。確かに、そうかも知れません。

  Photo_2
 しかし、たとえ

そうでなかった

としても、人知

れず“善”を

む人は、その

行為(=善行)

自体を、実に

生き生きと、

かつ楽しそ

やっています。

 

  確かに、善行は、それ自体が“美”そのものであり、

かつ喜びだと思います。 

 決して、他者(ヒト)に誉められたくてやるのではないの

です。 

 むしろ、それ自体が”無上の喜び”なのです。

 

  小さな“善”は、大善とも言える「神」や「仏」の反映とも

言えます。 

 それゆえにこそ、「善行」は、常に光り輝いて見えるの

ではないでしょうか。






  平凡と非凡
 

 

  人間が「平凡に徹する」ことは、ひじょうに難しい。 

だが、「非凡に生きる」ことは、もっと難しいと思う。 

なぜなら、後者の生き方は、一般の人々には、なかなか

理解されないからだ。


  平凡と非凡の違いとは、一体何だろう?
 

「平凡な人」には、適度の才能と堅実な持続性が備わって

いる。 

けれども、概して、創造性や独創性は希薄だ。 

 また、どんなに高学歴で、自ら才能に恵まれていると自

している人でも、凡人は凡人だ。



  これに対して、学歴など無くても、ひじょうに創造力が豊

かで、独創的な仕事を成し遂げる「非凡な人」がいる。

(*右下の写真は、創作中の棟方志功氏:1903~1975 ) 


 Photo_4
 「平凡と非凡」 

とを分けるもの

は、主に”創造

力や独創性”で

ないだろうか。

  私にとって、

「非凡な人」

は、周囲や時

代状況に左右

されることなく、

自らの創造力

や感性を磨き、

独創的な業を上げる人ことである。 

  日本には、このような人々は、決して少なくないように

思うのだ。




   人は、常に生まれ変われる


  人の性格は、簡単には変わらないと言われる。

果たして、そうだろうか?   私には、そうは思えない。

  性格はおろか、人間性そのものが、大きく変わると思う。

それも、常に生まれ変われると思うのだ。

   Photo_5
 目に見える世界

は有限でも、見え

ない世界は、無限。

 その無限の世界

から、常に私たちを

本質的に変える強

な力が放射される。

 その「力」は、私た

ちを導き、力づけ、

そして助けてくれる。


  だが同時に、

私たち自身の心の中、とりわけ魂の中には、その強大な

(私たちは、「それ」を神とか仏とか呼いる)と感応

合う力が存在している。

Photo_6
 この両者の力が

合わさることで

「奇跡」と言われる

ような不思議なこと

が起きる。

  しかし、むしろ人間、

いや生き物そのもの

が、ひじょうに可変的

な存在なのだ。

 そこで、私たちは常

”新しい自分”発見できる。

そのことを信じて生きていこう。

 人は、常に生まれ変われるのだから。  【了】

(*下の写真は、この度のロンドン・パラリンピック・車いす

テニス男子シングルスで優勝した国枝慎吾選手)



  
(後記)エッセイ「心のままに」をご愛読くださいまして、

     まことに有難うございました。

      どうか、懐かしい曲(サイモンとガーファン

     クルの「明日に架ける橋」をお聴きください。

              途中、ちょっと途切れそうになる所があり

     ますが、大丈夫です。

      大きな画面で観られると、いいですね。

      (下を、クリックしてみて下さい。)

           http://youtu.be/k0WU1ePzhOI

 

Photo_8

     

 

 

 

       





 

 

 

 

 

 

とを分けるもの 

は、主に”創造 

力や独創性” 

ではないだろう 

か。

  私にとって

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