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2012年10月 2日 (火)

エッセイ「心のままに」(23)

     世襲


  政治家の息子が政治家、医者の子弟が医者、教員の

息子、娘たちが教員、ああ、何と安直な世の中。―

  無論、本人の努力無しには、親と同じ職業には就けな

いけれど、彼らが親から受け継ぐ最たるものは、何と言

っても、「コネ」と「財力」、それに「要領」。

     Koizumi

  勿論、すべての2代目、3代目が、皆、そういうわけでは

ない。また、「世襲」は、いつの時代にも存在した。


  しかし、今日の「世襲」の悪弊は根強い。社会の活力の

減退、機会均等の侵害、マンネリズムなど、様々あろう。

  とりわけ、他者(ヒト)の〝苦しみ”や“心の痛み”を解せ

ない人々を、徒に増やすばかりのように、私には思える

のだ。






   「無感覚」




  家の近くを流れる白川のせせらぎの音が聞こえます。

カオリさん、あなたが多摩川の上流(*右下の写真)

入水して、はや30年近い歳月が流れました。

Photo
  当時、あなたは、

17歳の都立高校

生。―

 学校の休み時

間に見せた、あな

たの、あの明るく

悪戯っぽい笑顔を、

私は、今も忘れる

ことはありません。


  でも、あなたが

亡くなった日、

私は、学校内で、

何と”歓声”が上

がったことも、決して忘れることもできません。

  Photo_2
 あの日、先生方

による他校との

ソフトボール大会

が予定通り行われ、

試合後、その打ち

上げがあったので

す。

 その時上がった

歓声に、私は、

耳を疑いました。

  人は、他者(ヒト)

の死に、これほど

「無感覚」になれる

ものでしょうか?

それも、一人の生徒が亡くなったというのに。・・・・

  しかし最近、人は他者の死や不幸に対して、その痛み

を知らず、極めて「無感覚」になっているように思うのです。






   「歯車」に成る勿れ!


  芥川龍之介(1892~1927 :右下の写真) の著作『歯車』

は、自死直前彼の苦悩を窺わせる、非常に難解な名品

だ。

 
 ある意味、”昭      Photo_6


和”という、巨大

な機械(あるいは、

苛酷な時代)に

翻弄される、無力

な人間の悲劇を、

明確に予感した

名作とも言える。


  この作品の一部

を、ほぼ50年前の

中学生時代に読ん

以来、私は、

の中で密かに思い

続けた”組織の

歯車には成り

たくない”と。


  人は、「組織」

(会社や学校、官庁など)に所属することで、一定の地位

や報酬、時には、社会的名声などを得る。

  しかし、組織に埋没すると、勢い自分の組織を相対化し

たり、客観化したりできなくなる。それによって、正当な

批判精神を無くしてしまう。

  まさに、「組織」に取り込まれる形となる。

   Photo_4

  結局、「善悪の価値判断」を蔑ろにし、自らの「良心」

売り渡すことで、容易に組織ぐるみの犯罪に手を染める

結果ともなる。

  「歯車」の究極の姿は、きっと、そのようなものであろう。

  かつて、私の研究仲間に、一人の心優しい学友がいた。

彼は、当時、私同様、大学の専門職にこそ就いていなか

ったが、自由で闊達な批判精神の持ち主だった。

 そんなわれらの交友を、他の大学に籍を置く他の

研究仲間が、”実に牧歌的だ”と褒めてくれた(無論、

多少の皮肉もあったかも知れないが・・・)。


  しかし、或る事で、私が組織の一部の実力者たちのやり

方に異議を唱えた時、すでに同組織の一員に組み込まれ

ていた学友は、私を、盛んに懐柔しようとした。

 その時の彼は、もはや、かつての学友でも研究仲間でも

なかった。

Photo_5
 手前味噌にな

ってもいけない

が、私自身は、

講義内容の点

で、大学内の

関係学部

生たちには、

非常に高く評価

されていた。

 しかし、その

学友を含めた

「組織(=特に、

大学上層部)」では、私に対する学生の評価が正当に

認識されることはなかった。 

 簡単に言えば、その大学とは、まったく”縁が無かった”

  私は、その「立場」が変わった途端に、言動まで変わっ

てしまった、かつての学友を、決して笑いはしない。

無論、彼を憎みもしない。

  だが、ひと言だけ言いたい“友よ、組織の「歯車」に

成る勿れ!”と。 【つづく】

 

 

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