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2012年8月25日 (土)

私の「石橋湛山論」( 完 )

   植草一秀氏こそ、現代日本の「石橋湛山」




   “風雲急を告げる”とは、まさに今日の日本を言うのではないだろうか。 

忍忍氏や高橋博彦氏、さらには真実一路氏や松代氏が力説しておられ

る通り、ACTAの問題は、限りなく重大だと思う。

 

 さて、私は、「私の石橋湛山論」を書きつつ、彼を、傑出した愛国の政治

指導者として、”歴史上の人物”として綴ってきた。

  つまり、すでに“過去の人”として描いていたわけである。
 

しかし、正直、彼を、単に「過去の人」として片付けるのは、大きな誤りで

あると感じる。

 

  というのは、人は死んでも、その“精神”は脈々と受け継がれ、次代に

いて、その”愛国の松明(たいまつ)”を掲げる人が、必ず現われるからだ。



  確かに、石橋湛山氏のご遺骨は今、東京都荒川区内の名刹、善性寺

(ぜんしょうじ*右の写真:写真は同寺の山門)内に埋葬されている。

Photo   そのお墓(*下

の写真)は、洋墓

(具体的には、

様式の中央一基

墓)で、この形で

祀られた首相は、

石橋氏が、「日本

有史」以来初めて

とのことだ(*ブロ

グ「日本の墓」参照)。

  それこそ、日蓮上人

の時代以来の由緒ある古刹であり、徳川将軍家にゆかりの深い名刹内で、

「洋式の墓」とは、石橋氏は、死して後も、何と奇抜でハイカラなことか!

  Photo_8
  ところで、石橋氏の、

日本と日本の民を愛

する精神は、今もまだ、

健在だと思う。 

 そして、今日の植草氏

こそ、まさに石橋湛山の

精神を継承し、体現して

おられるのではないだろ

うか!

  正直、私は、植草一秀氏

こそ、現代日本の

「石橋湛山」だと感じる。

 

 ある意味、植草氏は、この石橋湛山さえ超える人だと思うのだ。

       Photo_4
 
  植草氏は、昨年11月に上梓された『日本の再生』(青志社)*右下の

写真)の末尾で、次のように記 しておられる。Photo_3


   「政府の無駄を省

き、適切な経済復興

政策を実行すれば、

日本経済は必ず

ち上がる。

 

  経済が健全化すれ

ば税収が増加し、

まずは自然増収に

より財政収支が

改善される。 

  日本の財政赤字の

深刻さばかりが強調されるが、財政赤字として問題にすべきは赤字国債

の発行残高391兆円であり、これに建設国債等をあわせて、数字を膨張

させて不安理だけをあおる手法は、極めて悪質である。

 

  3・11震災の復興を契機に、日本のリシャッフル、再生再興をはかると

同時に、適切な経済政策を確実に実行していくことが、日本再生の鍵を

握る。

 

  日本には、再生できる力がある。

 

  その力を萎えさせ、削いでしまってきたのが、これまでの利権複合体に

よる日本政治支配だったことを、私たちはいま正しく認識するべきだ」

(284~285頁)と。

 

  適切な経済政策(あるいは、経済復興政策)が確実に実行される限り、 

日本は必ず再生する、と訴える植草氏の言葉を、心に刻み付けたい。 

  その点からすれば、消費増税は、どうしても阻止しなければならない。 

もし、石橋湛山が生きていたら、彼の経済分析や政治信念からしても 、 

植草氏と、まったく同じ主張を展開したことであろう。

 

  なぜなら、彼にも、国民の生活が第一であり”国民こそが、政治の主人

公である”という不屈の信念があったからだ。 

  湛山が、当時の国民に誓った「雇用の増大」や「福祉国家の建設」は、

まさにそのような視点に立ったものだったと言えよう。


  ところで、湛山が記した色紙(*左の写真)「常不軽」というものがある。
 

これは、「じょう・ふ・ぎょう」と呼ぶ。 

  つまり「常不軽菩薩」の存在を意識した色紙だ。

Photo_6 この一事に、石橋

湛山、日蓮上人

同様、「常不軽菩薩」

尊崇していたことが

分かる。

 

  この常不軽菩薩の

次第は、大体、次の

ようなものである。 

 ≪遠い遠い、想像も

できないほど昔のこと

だが、威音王如来と

いう仏さまおられた。聴く者のそれぞれの求めに応じてさまざまに法を

説かれ、悟りを開かせておられた。

 

  そして、すべての衆生に悟りを開かせてお亡くなりになったが、その

寿命は、とても長かった。 

   この威音王如来がお隠れになり、像法の世になったから、増上慢に陥っ

僧侶が大いに勢力を持っていたが、そこに、常不軽菩薩という菩薩が

現われた。 

  なぜ、この菩薩が、そのように呼ばれたかというと、それは、彼がしてい

”行”によるものだった。

 

  彼は、出会う人ごとに合掌礼拝し、こう言ったのだ。 

「私は、あなたを尊敬いたします。決して、軽んずることをいたしません。

あなたは、菩薩の行をして、仏になられる方だからです。」

 

   ところが、言われた者の中には、仏さまにしかできない授記(じゅき=

仏に成るという証明を与えること)をされたと言って、怒り出す者もいて、

非難するばかりでなく、棒切れで打とうとしたり、石ころを投げつける者ま

でいた。

 

  しかし、この菩薩は、それでも走り逃げ、遠くからなお大声で『あなたは、

仏になられます』と言って、合唱礼拝したのだ。 

  常不軽菩薩は亡くなろうとする時に、威音王如来の説いておられた法華

経を虚空の中で聴いた。そして、すべてを信じたので、先ほど説いたよう

な功徳を得たのだ。こうして、彼の寿命はさらに延び、その後は、衆生に

『法華経』を説いて、悟りを開かせていった。

 

  実は、この不軽菩薩こそ、前世の私なのだよ。私は、常に『法華経』を

信じ、唱え、人のために説いてきたからこそ、早く最高の悟りを得ることが

できたのだ。≫ 

(ブログ「やさしい法華経物語」、参照)

 

  多くの方々がご存知のこの話は、人間の在り方を説いているようで、

実に、含蓄がある。

 

  常不軽菩薩の生き方は、その名の通り、他者を決して〝軽んじない”、

平等感に裏打ちされた、実に見事なものだ。それは、人間の“理想の姿”

とさえ言えよう。 

  そう言えば、石橋湛山は、舌鋒鋭く、時の政府(特に、近衛文麿:1891

~1945:右の人物内閣)を批判した。 

 
 

 しかし、彼は決して、Photo_10

相手を、口汚く罵るよ

うなことは無かった。

  むしろ、至って紳士

で、常に礼節を尽く

した。

 この態度は、今日の

植草氏についても言

えよう。

 

  つまり、両者は、

決して感情的になって、

自分を失うようなことがない。 

 むしろ、常に客観的、かつ冷静で、何よりもフェアー(公正)なのだ。



  因みに、この「常不軽菩薩」について、紀野一義氏(1922~:左下の

写真)の著書『「法華経」をよむ』(講談社現代新書)の中に”すさまじい

Photo_11楽天主義”いう、際立

った名文がある。 

 その言葉は、次のよう

なものある。

 

 ≪今の日本人は、憎し

みには憎しみを返すと

いう型の人間が多いが、

常不軽は、憎しみに対し

て、愛を、尊敬を、信ずる

ことを返した。

 それは、「すさまじい楽天

主義」だと思う。

 

  楽天主義というと人はすぐ、いいかげんさとか、気楽さとか、人の良さと

か、うすのろとか連想するらしいが、楽天主義とは、すさまじいものである。

殺されたって、人を信じ通すという人生観を変えないのだ。

 

  人間はすばらしい。自然はすばらしい。生まれてくるってすばらしい。

死ぬってこともすばらしい。病気になるってのもすばらしい、という風に、

徹底的に信じ通すのだ。肯定、肯定、絶対肯定していくのだ。 

  常不軽菩薩は、すさまじき楽天主義者である。

 

  私はこの頃、男というものはどこかすさまじい生き方がなくてはならぬと

思い始めている。すさまじいというと、面も向けられないような修羅の形相

を連想するのだが、そんなのではない。いつも微笑みを浮かべ、一見気楽

そうな顔をした”すさまじさ”ことである。 

 だまされていると知っていても、最後までだまされてやる男のすさまじさ”

ある。 

 悪い奴もおおぜいいるのだと知っていても、やはり人間はすばらしいと

信じ通すすさまじさ”である。 

  子供と遊んだ良寛なんかに見る”すさまじさ”である。いくら流罪になって

も、死ぬとも思わず、法華経を信じ通した日蓮の”すさまじさ”である。 

  常不軽菩薩も、すさまじき男の一人である。≫

(ブログ「山形の地酒処あべ酒店」、参照)


  広島の原爆で、家族全員を失い、自らも、陸軍工兵士官として、苛酷極

まりない戦争体験をした紀野氏だけに、激しい気迫の伝わる名文だ。

 

  このすさまじい生き方、すさまじい楽天主義という点で、湛山や植草氏は、 

常不軽菩薩に連なる方々なのではあるまいか。

  皆さんは、植草氏の毎日のメルマガやブログの更新に、この”すさまじさ”

があるとは感じられませんか?

  正直、私は、同氏の毎日の周到な更新に、鬼気迫るほどの”すさまじさ”

感じるのです。

  そして、この”すさまじさ”の根底にあるのは、「為せば成る  為さねば

成らぬ 何事も 成らぬは 人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)の精神なの

だと思います。 

 

  また、石橋氏と植草氏は、様々な問題や課題に対して、あくまでも真剣

対処します。

 しかし、その真剣さ、真摯さの中にも、常に常不軽菩薩のような明るい

楽天主義、つまり紀野氏の言われる”すさまじい楽天主義”が息づいて

いるように思うのです。 

  それはまた、不屈の“希望の精神”でもあります。 

  このような共通性の中に、私が植草氏を「現代の石橋湛山」と確信

する所以があるのです。 【了】

  (後記:私の「石橋湛山論」をご愛読くださいまして、誠に有難うござい

       ました。

        来週は、異色のネット・ジャーナリストのお話を連載いたし

       ます。どうか、ご期待ください。)

 

 

 

 

 



 

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