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« 孫崎享氏『戦後史の正体』を語る(完) | トップページ | 私の「石橋湛山論」(2 ) »

2012年8月10日 (金)

私の「石橋湛山論」(1)

   【はじめに】 

 孫崎氏が強調されている通り、日本の戦後史の中で、石橋湛山氏の

存在は、限りなく大きい。

  もし、彼が健康に問題なく、思う存分、政権を担当できていたら、戦後の

日本政治は、今とは、全く違っていただろう。 

  これが、日本国民のために、どれほど有益なものであったか、想像に

難くない。


  Photo
   これからの日本

政治について語る

上で、石橋氏が最

理想的な政治指

者であることを、

私は、6年前に上梓

した『ケネディ vs  

二つの操り人形  

小泉純一郎と中曽根

康弘』中(第八章)

(*右の写真)で、

具体的に論じた。

 

 
  拙著を、すでに

ご購読下さった方々には、誠に恐縮だが、今回、それを、本ブログで、

改めて強く訴えたい。それは、具体的に、次のようなものである。



 
現代、そして未来に求められるべき「石橋湛山」

 

  昨年(2005年)9月11日の衆議院総選挙以来、政治(厳密には、選挙)

が面白くなったという雰囲気(あるいは、風潮)がある。 

 確かに、投票率の上昇や国民の政治への関心の高まりなど、プラスの

もあろう。

  だが、少し頭を冷やして考えれば、昨年からの政治状況は、単なる

”空騒ぎ”に過ぎないのではないか。

  Photo_2
 小泉総理はじめ

現代の日本人は、

いつから、あんなに

軽薄になったのだろ

うか?

 自らの”存在

軽さ”に、心底、

耐えていられるの

だろうか?

  「小泉チルドレン」

という言葉が、一世      Photo_3

を風靡した。

  しかし、彼らの”存

在”の何軽いことか!

  この言葉は「ケネディ

の子供たち」という語に

淵源を持つ。

 しかし、あれは本来、

1960年代のアメリカの

若者たちが「平和部隊」

の隊員として、貧困、

かつ不便な発展途上国

で尽力・活躍した労を

ねぎらって与えられた

言葉である。

  Photo_4
  この部隊は、

ケネディと彼の

義弟シュライバー

(*写真、左側

の人物は、晩年の

シュライバー氏。

 彼は、昨年の1月

18日に、95歳で

逝去)が、世界平和と

南北格差の是正を

目指して創設した

のである。

 自ずと、その言葉の成り立ちや重みに、まさに月とスッポンほどの

違いがある。

  昨年から見られる、あの”見せ掛けの明るさ”とは裏腹に、現代日本は、

Photo_5自死直前の芥川

龍之介(*右の

写真の人物:1892

~1927)予感し、

夭折した石川啄木

が実感したような

”閉塞感”が、重く

社会を覆っている。

  その危機的状況

は余りにも重く、

かつ暗い。

 確かに先回、自民

党の圧勝に終わった

総選挙は、そういった閉塞状況の”ガス抜き”の役割を果たしたとは

言えよう。


  しかし、それは単なる一時的なカタルシスに過ぎない。むしろ、さまざまな

不平や不満、あるいは「精神的飢餓感」が、今日の日本には、ますます

鬱積しているように思われる。

  だが今日、日本人が失っているもの(特に、精神的側面)のすべてを、

石橋湛山は持っていたような気がする。いや私には、彼の“知的遺産”

無尽蔵とさえ思える。


  私は、初代の伊藤博文以来、第87代の小泉純一郎に至る歴代総理の

中で、石橋湛山ほど深い精神性、並びに深遠な思想と該博な知識を持っ

ていた総理大臣を知らない。

  Photo_6
  彼は、まさにプラトン

(*左の人物:BC427

~BC347)が理想と

した「哲人政治家」

そのものだった。


  しかし、彼の偉大さ

は、単に「経済」に関

する豊富な知識だけ

に由るものではない。

 むしろ、彼が生涯、

「真理(あるいは、

真実)」と「正義」

愛し、いかなる迫害

や困難に対しても、

決してひるむことなく

果敢に挑戦した。

 その勇気と高邁さにあったと言えよう。 加えて、彼の無欲で恬淡と

した生きざま”だったのではあるまいか。

  湛山の生き方こそは、まさにイエス・キリストの言う「神の国とその義

(=正義)」求めたものであり、最澄(伝教大師)の説く「道心」に生きる

ものでもあった。

  ところで、湛山の生き方や思想は、決して「私心」に基づくものではなく、

あくまで「公」の観念に基づくものだった。

  今日の日本では、国民や「公」のためと言いつつ、結局、「私利・私欲」を

満足させるために政治活動を行う人が多い。また、自ら「愛国」と語りつつ、

それに酔い、結局、「売国」に堕する人もいる。

  その意味で、「愛国」と「売国」は、時に紙一重でさえある。【つづく】

 

 

 

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