フォト
2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« エッセイ「心のままに」(12) | トップページ | 孫崎享氏『戦後史の正体』を語る(1) »

2012年8月 4日 (土)

エッセイ「心のままに」(13 )

 
 

  天の人

 

   天の人、それは、 

希望と愛に生き、愛と信仰に死ねる人。ー

  天の人、それは、
 

幼な子のように、無垢なる魂を持った人。―


  人目には愚かにさえ見える彼(あるいは、彼女)は、
 

神の目には、愛しき愛児(まなご)だ。 

  さりとて、彼は、神に〝選ばれる”ことを求めたりは

しない。ただ、神よりの無上の憐れみのみを求める。

   Photo
  天の人、それは、 

寛い心で、他者(ヒト)を許せる人。― 

  彼(あるいは、彼女)は、侮られても侮ることを知らず、 

憎まれても、憎むことを知らない。 

  恨みに対して恨みで返さず、 

むしろ、愛の心で報いる。


 
  天の人、それは、
 

感謝の心で、他者(ヒト)のために祈る人。― 

  常に”生かされている自分”を意識し、それを心から

感謝しつつひたすら他者(ヒト)の幸せを祈り続ける。




 
「道心」に生きる

 

  仏教は、実に素晴らしい宗教です。 

私自身、今、宗教を異にしていますが、 

幼い頃より親しんだ仏教について、 

年を経るにつれて、しみじみと、そう思います。


  仏教には「道心」という言葉があります。
 

これは、伝教大師(最澄)の言葉の中に見られます。 

                               Photo_2



   

  彼は、次のよう

に語っています。 

  「道心の中に

衣食(えじき)有り、

衣食の中に道心

なし」と。

 

  解説によると、

「道心」というの

”仏の教え

を求める心”です。 

 人が仏の教えを

本気で求めて、

菩薩になろう、

人々のためになろうという気持ちが有れば、人間の生活

は、なんとかなるというものです。

Photo_4
 確かに、「心」

有ってこその

人生だと思い

ます。 

 まさに「道心」

に生きることこそ

が、人間の真の

喜びであり、人生

の本質なのでは

ないでしょうか。





   天職

 

  この世に、真に幸せな人がいるとするなら、 

それは、自分の「天職」を見出し、 

生涯、それを全うできる人ではあるまいか。

 

  だが、多くの人々が、それについて、 

余り意識しないように思われる。

 

  しかし、中には、己の生涯をかけて、 

自らの「天職」を見出そうとする人がいる。 

  それを見出すことは、 

まさに、生涯の“一大事業”とさえ言える。

 
 自己の「天職」を            
Photo_9

見出した人は、

その仕事と

”一体化”し、

時には、“地の塩”

や”世の光”となる。

 中には、社会の

木鐸となる人さえ

あろう。

 

      Photo_10

  こうして、世のため、他者(ヒト)のために尽くすことが、 

その人の生き甲斐となり、終には、真の幸せへとつな

がるのである  【つづく】

 

 

 

 

« エッセイ「心のままに」(12) | トップページ | 孫崎享氏『戦後史の正体』を語る(1) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links