フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« エッセイ「心のままに」(11) | トップページ | エッセイ「心のままに」(13 ) »

2012年8月 3日 (金)

エッセイ「心のままに」(12)

   ”当たり前”の有難さ


  人間、齢(よわい)60を過ぎますと、体の至る所に、

何らかの問題や障害が出てきます。 

 私事ですが、遺伝的に血圧の高い私は、このところ、

度々の動悸(あるいは、頻脈)に悩まされます。

 

  普段、一分間に60~70回の脈拍が、時として2~

2.5倍の120~150回になります。 

  その状態も、大体5~10分で終わりますが、時には、

就寝前、2時間半ほど続いた時がありました。

  或る夜などは、余りにも動悸が続くものですから、

”もしかして、明朝は、死んでいるかも知れないな”と

いう思いで就寝したことが、今まで、2度ほどありました。

 

  動悸の不快さを知る者として私は、普通に呼吸ができ、

脈が安定していることを、しみじみ嬉しく感じます。

  「人間、呼吸などできて、当たり前!」と思われるかも知

れません。


 しかし、果たして、そうでしょうか?

私たちは歩い     Photo

たり、走ったり、

食べたり、飲ん

だり、読んだり、

書いたりします。

 そんな事、

”できて当たり前”

だと思います。

  でも、そのような

普通で健康な状態

が、決して当たり前

でない人々が、世の

中には、沢山おら

ます(*写真は、

病院の待合室)


  病者や障害者など、そういった人々を温かく見守れる

慈愛の目を持てたらと思います。

  そして、ごく“当たり前”と思えることに、心から感謝でき

る謙虚さも、日々備えたいものです。

  “当たり前”の有難さについて、私たちは、もっと思いを

馳せるべきなのではないでしょうか。





  「ありがとう」

 

  しあわせな人、それは、「ありがとう」 と素直な心で言

える人。―

 私たちの中には、この言葉が言えないばかりに、寂し

い思いでいる人が、意外に多いのではないだろうか。

  この言葉を思いつかない人、また、言う気も起こらな

い人、さらには、この言葉に反発さえ感じる人などは、

ふしあわせなのではないだろうか?

Photo_2
  (*写真は、「感謝の梅酒」-結婚式の披露宴で、 

     両家のご両親へプレゼントされました。)



 「ありがとう」と言うのは、ほんのちょっとの勇気と思い

切りがあるだけでいいんだよ。

 人をしあわせにする魔法の言葉、―「ありがとう」。

この世で最も美しい珠玉の言葉、―「ありがとう」。

  「ありがとう」は、いつでも光る“言葉の宝石

私たちが、終生、忘れてはいけない言葉、それこそ、

「ありがとう」。

  この言葉で、人生最後の日に瞑目できたら、その人

は、本当にしあわせな人生を送ったのだと思う。




  ころんだって、いいんだよ



  私たちは、よく子供たちに、

「ころぶな、怪我するな」と言うけれど、

ころんだって、いいんだよ。

時には、怪我したっていいんだよ。

  たとえ、ころんだって、怪我したって、

君たちには、回復する力があるんだから。


  人間だもの、ころんだり、怪我したりするのが、

当たり前じゃないか。

  ころびもしない、怪我もしない人生なんて、

何てつまらないものか。

  ころんだり、怪我したりしてこその人生だよ。

失敗のない人生なんて、本物の人生じゃないと思うんだ。

Photo_3 
(*写真は、

   楽しい川遊び・・・

 

  何か、入っている

  かな?

  


















  命、有る限り



  命ある限り、

自分の真心を大切にして、生きていきたい。

  この世では、様々、魅力的なものに、心動かされるこ

とがあろうけれど、自分の心を失うことなく、生きていき

たい。


  命、有る限り、

嘘をつかずに、生きていきたい。

  人間、嘘をつかずに生きれることこそ、真に幸せなこ

となのだ。

 全く嘘をつかずに生きることは無理かも知れないけれ

ど、なるべく嘘などつかずに、生きていきたい。



  命、有る限り、      Photo_4


「感謝」の心を忘

れずに、生きて

いきたい。

”父母や他者(ヒト)

の支え無しに、

自分の存在は

有り得ない”。

この思いを忘れる

ことなく、これから

も生きていきたい。


  命、有る限り、

自らの「信仰」に

生きていきたい。

Photo_6

  私にとって最も大切なもの、それは、やはり「信仰」だ。

  私などいなくても、「信仰」は有り得るけれど、

  信仰無しに、私は、有り得ない。

    命、有る限り、

 この“信念”を貫き通したい。  【つづく】

 

 

 

 

 
                           

  

 

 

 

 

 

« エッセイ「心のままに」(11) | トップページ | エッセイ「心のままに」(13 ) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links