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2012年7月20日 (金)

エッセイ「心のままに」(2)

  明日のことを思い煩う勿れ!

  でも、「明日」のことを、心配します。

 私自身、かつて、明日からの新しい仕事を控え、不安が過(よぎ)っ

た時、心の中で、次のような声が聞こえました。

  「明日のことを思い

煩う勿れ!」と。Photo

 これは、イエス・

キリストの言葉です。

  この言葉は、次の

ように続きます

   「明日のことは、

明日が心配します。

労苦は、その日そ

の日に、十分あり

ます」と。

  イエスは、この言葉

の前に、「まず、神の

国とその義とを求め

よ」と説いています。

 そこで大切なのは、自分だけに拘るのではなく、むしろ「愛」である神を

信じて、他者(ヒト)のために尽くすことだと思います。

  しかし、現実の私たちは、勢い自分に拘り過ぎ、明日の生活に対して、

言い知れぬ”不安”を感じます。

  けれども、私たちが敢えて“捨て身になって、他者(ヒト)のために

献身する中にこそ、むしろ人生の活路が見出せるものです。

  つまり、単に、明日のことをくよくよと気遣うのではなく、むしろ「今」

いうかけがえのない瞬間を、精一杯生き抜くことによって初めて、私たち

は、思いも掛けない果報を得るのだと思うのです。


  Photo_2


「明日を思い煩う

勿れ!」という言葉で、

私が強く思い出すの

は、石橋湛山氏

(1884~1973)の

晩年のことです。

  石橋氏は、1956

(昭和31) 年に、

総理大臣に選ばれ

ましたが、翌年、突然、

脳梗塞に倒れ、潔く、

政権の座から退き

ました。


  特に晩年、右半身が麻痺した同氏が、不自な左手で、彼を

見舞った訪問客に好んで書き与えた色紙の言葉が、実は、この

「明日を思い煩う勿れ!」でした。

 実際、石橋氏は、色紙に、「明日の事を思いわずらうな  湛山」と書い 

たと言われます。

  石橋氏は、この言葉の中に、彼の言論人、そして政治家としての確たる

信念を凝縮させていたのかも知れません。

  また、この言葉こそ、彼が、後世の日本人に書き遺した”遺書”だったの

かも知れません。

 その意味で、この言葉は、今日を生きる、われわれ日本人が、最も深く

咀嚼すべき格言だと思うのです。



  春夏秋冬、様々な季節を生きる植物や動物を見ていますと、それぞれが、

まるで”今日を限り

の命と思っている”

かのように、Photo_3精一

に花開き、かつ懸命

に動き廻ります。

  私たち人間も、

動物や植物たち

のように、無心に

生きて行けたら、

と思います。

 短い生命(いのち)を

健気に生き抜く彼ら

の姿は、本当に美し

いものです。Photo_4


  愛犬タローの9年と

1週間の生涯も、

実に潔いものでした。

 ”ああ、在りたいも

のだ”と、つくづく

思いました。

(*写真は、ジャー

マン・アイリスです。)


  ヘレン・ケラーの言葉にもありましたように”今日を最期の日と思い”

生き抜きたいものです。なぜなら、彼女も言いますように、一日一日の

人生が、美しく輝いているのですから。・・・


  一日一日の重みを感じつつ、それを噛み締めながら、生きて行きたいも

のです。そう”今日を、限りの命と思い”つつ。

  「明日を思い煩う勿れ!」とは、まさに、この“今”あるいは”今日”という

日を大切にしよう、という思いから発する言葉だと思うのです。 【つづく】

 

 Photo_5
  (「日の出とだるま朝日の写真blog」より転載)

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