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2012年7月27日 (金)

エッセイ「心のままに」(7 )

 

  たとえ、何もできなくなっても

 

  たとえ、人が歩いたり走ったりできなくても、外気を、

肌で感じることはできます。 

 たとえ、その人の瞳が光を失い、ものが見えなくなっ

ても、まだ、耳で聞くことはできます。

たとえ、人が五感を失っても、まだ、心で感じることは

できます。  Photo_8

     
 たとえ、人が他者(ヒト)の役に立てなくても、他者

(ヒト)のために祈ることができます。

  たとえ、私たちが何もできなくなっても、それぞれに

神や仏を信じ、逞しく生きていくことができます。

 

  祈りの心

 

  人間の心で最も美しいものは、 

他者(ヒト)のために捧げられる「祈りの心」では、

ないでしょうか。 

  日々の祈りこそ、まさに生命の泉です。

 

  私たちは、日々Photo_16

の生活の中で、         

意識的・無意識

的とを問わず、

「祈り」をささげて

います。

  個々人の希望、

願望、気遣いなど、

そのすべてが、

「祈り」となります。

 

 とりわけ、自分の

ことよりも先に、

他者(ヒト)のため

に祈れたら、その「祈りの心」は、本物だと申せましょう。



   日々の祈り

 

  変わるべきは、私です。 

すべての人に悪意を抱かず、 

悪いものを見ず、悪いことを聞かず、

悪いことを言わず、

今日も生きていきます。


Photo_14
 人に笑顔を求め

る前に自ら微

み、人に優しい言

葉を求める前に、

自ら快く相対

(あいたい)

して行きます。

   明日のことを思い

煩うことなく、今日

という日を、精一杯生きて行きます。



  人々が、幸せでありますように




  「人々が、幸せでありますように。・・・・・」

天皇陛下の年始のお言葉ではありませんが、

私は、こう祈らずにはいられません。


  「この世に、一人でも不幸せな人がいる限り、自分は、

決して、幸せにはなれない」という言葉があります。

  宮沢賢治やマハトマ・ガンディーといった、愛の人”

と言える人々の正直な思いです。
  

 



 この思いは、自分     Photo_19


が唯ひとり存在する

のではなく、この世

のすべての人々や

あらゆる生き物と深

く繋がっているという

考えによって成り立

っています。




 そこには、自分が

宇宙と”一体である”

という不動の信念が

あります。

  このような同一感を

持てる人々は、他者

の幸せを心から祈れ

るという、そのひと事で、

実は、”真に幸せな人々”なのかも知れません。

  しかし、彼らは、自分のことなど眼中に無く、ひたすら、

こう祈るのです、「人々が、幸せでありますように」と

【つづく】 

         Photo_20

 

 

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