フォト
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« エッセイ「心のままに」(2) | トップページ | エッセイ「心のままに」(4) »

2012年7月21日 (土)

エッセイ「心のままに」(3)

 ”一日の重み”は、”人生の重み”


  「ローマは、一日にして成らず」とか、「塵も積もれば山となる」と言う

けれど、確かに、人生とは、一日一日の“努力の積み重ね”である。

  長引く不況の中、或る人々は、一攫千金を夢見たり、他の人々は、

最小限の努力で最大

の利益を得ようと考える。Photo_6

  中には、金のために、

安易に残酷な犯罪に手

を染める人々さえ出

くる。往々にして、今日、

「日々の努力」は、蔑ろ

にされる傾向がある。





Photo_8
  だが、言うまでもなく、

「人生」とは、一日一日

の”努力の結晶”だ。

 これは、当たり前の

事とはいえ、決して軽

んじられるべきことで

はない。

  一日一日の努力や

精進を軽んじて、一体、

何の人生か! 誰の

生涯か?


 人が真に自ら   Photo_11

の幸せを願う

なら、まず、一日

一日を大切にす

ることから

なければならない。

  〝一日の重み”

を知る人こそ、

”人生の重み”を

知る人と言えよう。

〝一日の重み”こ

そ、まさに“人生の

重み”なのである。







  また、「時は、金なり」と言う。

この格言は、”時間の大切さ”を表現したものだ。

時間を大切に使う事が、お金を生み出す貴重な手段とも言えよう。

  だが、至って正直に言えば、時(つまり、時間)は、お金より大切だと思う。

その大切さは、お金の比ではないと思うのだ。


  「時(あるいは、時間)」は、
ふつう、長い、短いといった”長さ”で言い表す。

しかし、時の“重み”といったものもあるのではないだろうか。

Photo_12 この場合の“重み”

とは”濃密さ”とか、

“内容の濃さ”といっ

た意味だ。

 例えば、私たちは、

かつての友人や恋人、

それに様々な事情で

逸(はぐ)れてしまった

肉親と、30年振りに

再会し、共に語り合

った3時間が、長い空白を埋めるいう体験をする。

 まさに、3時間の触れ合いが、過ぎ去った30年間と同等の、いや、それ

上の価値を持つ。

  その時に味わう、時の“重み”といったものを、私は、強く感じずにはいら

れない。


  その意味で、よく使われる言葉が「一期一会」だ。

つまり、生涯に、たった一度の出会いと別れ。―

それは、何とかけがえのない瞬間だろう。

  皆さんは、道行く人とすれ違った時、あるいは、同じ電車やバスに乗り

合わせた時に、すれ違った人や乗り合わせた人々を見て、”ああ、この

方々とは、まさにこの一瞬の出会いと別れだけで、もう今後、会うことも

無いのだ”と思われたことは、ないだろうか?

  「そんなことは、一度だって無い」と仰るかも知れない。

むしろ、こんな事を言う私は、変わっているのだろうか?

 最近、とみに、他者(ヒト)との何気ない出会いと別れに「一期一会」

哀しみを感じてしまう。それは、年のせいかも知れない。

  しかし、正直、

「一期一会」

出会いPhoto_13と別れを、

私は、たいへん

有難くじる。

 それは、とても

かけがえのない

ことだと思うからだ。




  地球上には今日、

70億人以上の人々

が住んでいる。

 その中で、私たち

が出会える人々は、

ごく限られている。


  そのため、出会う人々との別れに際して、私は、心の中で、”どうか、

お幸せに!”と祈る。 「一期一会」の出会いに感謝しながら。・・・・

  それゆえ、時に「一期一会」の出会いのある一日の重みこそは、まさに

人生重み思うのだ。  【つづく】

 

 

 

 

« エッセイ「心のままに」(2) | トップページ | エッセイ「心のままに」(4) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links