フォト
2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

« 或るエッセイの試み | トップページ | エッセイ「心のままに」(2) »

2012年7月19日 (木)

エッセイ「心のままに」(1)

  愛、有りてこそ


   ≪ 愛、有りてこそ、

  人間のすべての言葉が意味を持つ。

     愛、有りてこそ、

  われわれ一人ひとりの行動が、温もりを持つ。

     愛は、光となって、人の心の中に温かく射し込み、

  豊かな温もりとなって、他者(ヒト)の心を優しく包み

 込む。Photo_2


      それは、虹色の光輪となって拡がり、

  多様な世界を一つにする。

     Photo_5





   

 

 

 

 

 






    愛、有りてこそ、

   われわれの生きる

   意味があり、

      愛、有りてこそ、

   あらゆる生き物が、

 その生を全うできる。≫



 


 、日本人が失いつつあるもの、それは、「愛」と「信仰心」のような

気がします。

  政治、社会、教育などの分野で、愛や思いやり、それに惻隠の情は、

殆ど無に近い感じです。

  しかし、愛なくて、一体、何の“教育”でしょうか!

今日の日本人(とりわけ、体制側の人々)は、まるで心なきロボットの

ようです。

  そう思うのは、決して私ばかりではないと思うのです。

皆様は、如何お考えでしょうか?



  正直、私は、次のようにも思うのです。



 
愛する人と一緒なら



 愛する人とだったら、
 

たった一瞬の出会いさえ、 

そこは、天国になります。 

 

  愛する人と   Photo_8

一緒だったら、

 どんなに質素

 食事さえ、

それは、 世界

一のご馳走 

なります。

 

 愛する人と

一緒なら、 

どんな苦難も、

喜びに変わり

ます。≫

 

 人には、様々な幸福感がありましょう。

私は、その代表的なものの一つに、”愛する人との出会い”があると

思います。

  心から愛し、信頼できる人との出会いほど、人生において価値あるもの

無いのではないでしょうか。

  まさに人の”誕生の意味”も、そこにあるように思うのです。

そのような思いでいますと、自然と、上のような言葉が浮かびました。

  無論、愛には、様々なものがあります。

その多様性は、まさに無限です。

  その無尽蔵とも言える“愛”を認知し、それに繋がれば、人は、もっと快活、

かつ積極的になれるのではないでしょうか。

  それが、真の幸せにも繋がると思うのです。

  Photo_6

  残念なことに、今の

日本人は、その愛に

対して、余りにも無関心、

無感動なのではないで

しょうか。

  しかし、人生とは、まさ

愛有りてこその

「人生」なのだと思う

のです。 【つづく】

 

 

 

« 或るエッセイの試み | トップページ | エッセイ「心のままに」(2) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links