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2012年6月 1日 (金)

エコノミック・ヒットマン(4)

 パーキンスの言葉は、続きます。

  さらに、「このままアーベンツ政権が続けば、ソビエトの、この地域で

の足掛かりを、確実なものとしてしまうだろう」とも脅しました。米国民は、

赤色テロルの恐怖におののきました。

  長い話を短くすれば、このキャンペーンの結果、CIAと軍により、この

政権を崩壊させるための計画が策定されました。


  そして、私たちは、それを実行したんです。私たちは、宗教関係者や

兵士やジャッカル(殺し屋たち)など、色々送り込み、彼を引きずり降ろ

しました。Photo_8

  そして、新政策が発足すると、新大統領は、

ユナイテッド・フルーツ・
カンパニー社など、国

業に対する政策を、すべて変更したので

す。(*右の写真は、ユナイテッド・フルーツ・カ

ニー社の本社入り口:同社は、1920年に

立、現在の社名は、「チキータ」。)

 

           Photo


        エクアドル 1981   



   エクアドルでは、たいへん長い間、親米国政

権による専制政治が行

われていました。その殆どが、残忍な政権でし

                                           た。

  しかし、ある時、真に民主的な選挙が行われることが決定され、

ハイメ・ロルドス(Jaime  Roldos  Aruilera) が立候補しました。

  ロルダスが掲げた最重要政策は、エクアドルの資源は、

エクアドルの国民のために使うというものでしたPhoto_8

  そして、彼は、それまでエクアドルの誰もが

たことのない多数の支持を得ました。

的な勝利でした(*右の地図の薄緑の

部分が、エクアドル)

 

 彼は、公約の「エクアドルの資源からの利

益が、エクアドル国民のためになる政策」

着実に実行していきました。

  しかし、それをアメリカは、嫌っていました。

 

 そして、私が、エコノミック・ヒットマンの一人として、エクアドルに

送り込まれました。

 ロルドスに政策転換を迫り、買収し、彼アメリカ側に取り込むように、

「もし貴方が、私たちのゲームに参加してくれるなら、貴方と家族は、

大金持ちになれます。

  しかし、選挙公約を守ろうとするのなら、消え去ることになりますよ」と

脅したのです。

 彼は、アメリカの要求を聞き入れませんでした。そして、彼は、暗殺

されました。

 飛行機が墜落すると、ただちに一帯は封鎖され、近隣基地からの

米国の軍隊とエクアドルの数名だけが、立ち入ることを許可されました。

  そして、Photo_9捜査が開始されると、最も重要な二

人の証人が法廷で証言をする前に、交通事

故で死んだのです。こんな奇妙な事が起こり

続けました。

  この事件を調べた殆どの人たちと私は、こ

れが暗殺だったことに、微塵の疑いも感じて

いません(*写真は、エクアドルの首都キト)




   エコノミック・ヒットマンとしての私の立場からも、

何かが起こると、当然、予想していました。

  クーデターが暗殺か何か分かりませんでしたが、彼が引きずり降ろされ

たのは、アメリカの言い分を受け入れなかったし、買収にも応じなかった

からです。 【つづく】

  

 

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