フォト
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« エコノミック・ヒットマン(1) | トップページ | エコノミック・ヒットマン(3) »

2012年5月29日 (火)

エコノミック・ヒットマン(2)

 パーキンスの言葉です。

  他にも、アメリカの軍事基地を作らせてくれとか、軍隊を、イラクのよ

うな戦争地域に送って、一緒に戦ってくれとか、国連の決議で、アメリ

の側についてくれとか、電力会社や下水道システムを民営化して、

米国企業に売却してくれとか言うのです(*既述)。

  これが、世銀やIMFの典型的なやり方なんです。


  可哀相な話ですが、貧しい国は、こうして借金漬にされ、返済する

ともできなくなる。

そして、次には、リファイナンス(=資金の補充)を、持ち掛けられて、

さらに大きな金利を要求される。


  そして、次には、”融資条件”や”良いガバナンス”という名の下に、

公益事業会社を含む、様々な社会サービス、時として教育制度、刑罰

制度、保険制度などを、外国企業(*無論、主にアメリカ)に売却するこ

とが要求されるのです。

  ですから、もう、2重、3重、4重の”ぼったくり”の仕組みなのです。

                     Photo_3

     イラン   1953  

                                         

 

 

 

  エコノミック・ヒットマンの先駆けは、 イランのモサッデク 

(Dr.Mohanmad Mossadegh, 1880~1967) が、民主的な

選挙によって大統領に就任した1950年代前半に始まりました。

  モサッデクは、民主主義の希望として、中東や世界中から期待され、

『タイム』誌の ”Man of  the  Year “ にも選ばれました。

  しかし、彼が選挙戦で公約し実行に移し出した政策の一つは、イラン

原油が、より多くイラン国民の利益になるように、外国企業に、より多

くの対価を支払わせるというものでした。


  アメリカは勿論、この政策を好んでいませんでした。でも、それまでして

きたように、軍隊を送り出すまでの勇気もなかった。

  だから、代わりに、一人のCIAエージェントを送り込んだのです。


   彼は、カーミット・ルーズベルト Jr.(シオドア・ルーズベルトの孫)で

した。つまり、ルーズベルト大統領(F.D.R)の親戚です。

  すると、彼は、とても効率的、かつ効果的に働き、Photo_4

たった2~3百万ドル
の資金で、しか

も、数ヶ月の短期間のうちに、モサッデ

ク政権の転覆に成功したのです。

  そして、アメリカの原油事業にとって、

がいいシャー(イラン国王)を、政

に就ました。非常に効果的でした。

 【つづく】

(
*右の写真、最前列左側がモサッデク

                       氏)
 

 

 

« エコノミック・ヒットマン(1) | トップページ | エコノミック・ヒットマン(3) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Links