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2012年4月10日 (火)

愛犬タローの死(上)

 今春、実は、アメリカの親戚の来日・来熊だけでなく、私の心を

一杯にした”悲しい出来事”がありました。

 まったくの私事で恐縮ですが、それは、今年の3月末、9歳の誕

生日を迎えたばかりの愛犬タロー(愛称ター)が、4月7日(土)に

亡くなったことです。奇しくも、それは、49年前に亡くなった祖父の

命日と同じ日でした。

 正直、私は今、彼を失った悲しみ(いわゆるペット・ロス)の真っ只

中にいます。

 彼と歩いた散歩道を、一人で歩いては、自然と涙がこぼれます。


 彼が亡くなった日の翌夕食時、妻がぽつりと、「
まるで、火が消えた

ようね」と申しました。私も、まったく同感でした。

 愛する者を亡くす体験は、人間共通のものです。その対象が人間

であれ動物であれ、本質的には同じだと思います。

 とりわけ、私共のような子供のいない夫婦は、愛犬の死は、”心に

ぽっかり穴が開いたような”(妻の言)思いになります。


 ところで、タロー(愛称、ター)と私たちとの出会いは、熊本市内の

ペット・ショップででした。

 いなか(熊本)での生活に、今一つ馴染めなかった東京生まれの

妻は日頃、”ホワイトテリアを飼いたい”という願いを抱いていました。

 しかし、比較的珍しい犬種ですので、なかなか見つかりません。

 ところが、それは、9年前の6月15日でした。

或るペット・ショップのケージの中に居る子犬や子猫たちを見ていま

すと、何と、そこに、一匹のホワイトテリアがいたのです!


 その子は、しきりと店員さんの方を見ていました。つまり、窓の外

から見る私たちに背を向ける格好で、上体を起こしながら、横にな

っていました。

 でも、中に閉じ込められているストレスからでしょうか、尻尾の中ほ

どが、自損(自傷)行為で傷ついていました。

 しかし、ふと振り返った時の、彼の何と愛らしかったこと!

ケージの外側には、「ホワイトテリア・オス・3ヶ月」とありました。


 妻が、店員さんに向かって、「抱っこしてもいいですか?」と言い

と、些か甲高い声をした彼女は、その子犬を連れてきてくれま

した。

 すると、その子犬は、よほど嬉しかったのでしょう!

妻の口を目指して、しきりにキスしてくるのです。

代わった私に対しても、それは、全く同じでした。

 ”情が移る”というのは、あの瞬間を言うのでしょう。

即座に、私たちは、その子を買う(=飼う)ことを決意しました。

これが、ターと私たちとの、初めての出会いでした。


 では、一体どんな名前を付けようか、ということで、話し合いました。

最初、「Whitey(シロ)」はどうかと考えたのですが、妻が、東京で

っていた犬がタローだったようで、それでは、「2代目、タローにし

う」、と決めました。

 わが家に来た頃のタロー(ター)は、体重1.4キロで、まだ、私たちの

掌に載る感じでした。

 彼は、全身が白銀色に輝き、長い耳をしていましたので、動物病院

へ行きますと、或る愛犬家の方に、「ウサギですか?」と問われる始

末です。

 深夜、ケージの中に入っていた彼は、「オシッコしたよ!」と吠えて

は、私たちを起こしました。

 また、幼い頃の彼は、私の机の下に潜っては、私の足指をなめてく

れました

 さらには、妻が掃除をする度に、彼は、クリーナーにジャレたりしま

した。


 まだ小さい頃、彼は、ソファーにも上れませんでした。妻が新聞を

拡げますと、その上に載っかって、彼女の邪魔をしたりしました。

きっと、もっと遊んで欲しかったのだと思います。

 ごく小さい時、オシッコの際は、最初、女の子のような格好でした

が、或る日、右足を挙げて用を足した時は、思わず感動(?)して

しまいました。


 私が仕事で帰宅する度に、彼は、開け放たれたゲートから、一目

散に駆けて来て、キスの嵐で”大歓迎”してくれました。

 幼い頃の彼は、誰にも吠えたりせず、むしろダッコされたがった、

人なつっこい子犬でした。そんなわけで、番犬は無理でした。

 私が言うのも変ですが、その黒水晶のような愛らしい瞳が、会う

人々を魅了しました。

 散歩中、「可愛いですね!」と言われる度に、私は、まるで自分が

誉められたような気分で、思わず「有難うございます」と応えていま

した。つまり、私は、まったくの親バカ(?)でした。

 結構小さい時から、彼とは、遠距離を散歩しました。毎朝夕の散歩

は、私の健康のためにも最適でした。

 散歩中、救急車が通りますと、そのサイレンの音が、彼の遠い過去

の記憶を呼び覚ますのでしょうか、そのサイレンの音を聞くたびに、

彼は、遠吠えをするのです。それは、まるで、“僕も、ここに居るよ!”

と叫んでいるかのようでした。

 でも、その声の、何と愛らしく、可愛かったこと! その度に、私は、

「ター君、その声じゃ、仲間には届かないよ」とからかうのでした。


 多少大きくなった時、こんなこともありました。

ちょうど、駐車場のそばを通った時、近くの野良猫が、車の下で眠っ

ていました。

 すると、ターが、その子の直ぐ前を通ったのです。その余りの突然

さに驚いた猫は、急にび起き、何とターの体の上に乗っかってしま

ました。

 犬の上に猫が乗っかるなど、普段は、有り得ない光景です。でも、

ターは、短足長胴の体型上、猫にとっては、手頃の「踏み台」(?)

でした。

 今度は、驚いたのは、ターの方です。彼は、思わず「キャ―ン!」と

叫びました。

 飼い主も変わっていますが、それに飼われる犬の方も、些か変わ

ったところがあります。

 ”犬の世界広しといえど、猫に乗っかられた犬など、わが愛するター

ぐらいだ”と、私は、妙な優越感(?)を抱いている次第です。


 さらには、室内で、私が不用意に靴下を椅子の上に置いてい
ます

と、ターは、目ざとく、001 それを発見し、戦利品(?)

として、自分の物にしてしまいます。

 右の写真は、その時の、彼の得意気な様子で

す。(*ちなみに、これは、去年の写真です。)

  そんな彼に、異変が生じたのは、昨年の10月

でした。 【つづく】

 
 
後記)明日・水曜日は休みます。

 

 

 

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