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2012年4月 9日 (月)

日本の美しさ(10)

 日本の桜は、何と美しいのでしょうか!

 私は、ハワイ(ホノルル)で、2年と1ヶ月間、留学生活ができま

したことを、心から感謝しています。

  私のハワイ生活は、その80%以上が、ハワイ大学の図書館に

籠(こも)ることでした。それは、私にとりまして、まさに至福のひと

時でした。

 ただ、一つだけ残念なことがありました。

 それは、当地で、桜を見られなかったこです。しかし、これを、

無いものねだり、というのかも知れません。

 とはいえ、日本人にとって、春に桜が見られない、あるいは、桜

に出会えない、というのは、非常に無念なことだと思うのです。

 それほどに、桜は、日本の”原風景”だという気がいたします。

 

 ちなみに、年のせいでしょうか、私は、今年の桜を、本当に美しい

と感じます。

 また、アメリカのワシントンの桜も、同国の人々に愛でられるとこ

を見ますと、まさに、桜には、”普遍的な美しさ”があるようです。


 私事ですが、アメリカの親戚を迎えてのパーティ後、私は、みんな

を、熊本城へと案内しました。

 本丸御殿にも参りましたが、Photo ジュリー以外、初

来日の彼らは、お城の桜の美しさに、とても感動

していました。 最初に訪れた福岡市内では、

だ咲いていなかったとのことです。


 私自身、ハワイの海を初めて見ました時は、沖縄を訪ねた時と同

様、たいへん感動しました。

 今度は、ロスに住むみんなが、初めて見る異国(厳密には、先祖

故国)の景色や風景の美しさに、それぞれに感じ入るものがあっ

ことでしょう。

 つまり、何気なく、日本では当たり前だと思える桜の美しさは、本来、

それを知らない人々の方が、余計に強く感じるのではないでしょうか。

そんな気がします。


 しかし、これは、”人間の絆”についても言えるのではないでしょうか。

例えば、日本のような、移民が余り多く見られない保守的で、比較的

安定した社会では、親族間の“絆”など、普段、余り話題になりません。

 これに対して、本来、移民国家であるアメリカなどでは、同民族や家

族・親族間での連帯感や連帯意識が強く、困難な事が有ると、必ず

結束します。



 事実、アメリカに住む人々は、総じてパーティ(集まり)が好きです。

よく家族・親族間で、「reunion(再会の集い)」ということで、パーティを

開きます。

 各自が、手製の料理を持ち寄って、それぞれに歓談し合うのです。

私共も、何度か、そのような集まりに招待されました。



 実は、今回のパーティの後、ジュリーの夫ハーヴィが私に、9年前の、

ロスでの親族の集まりの写真だと言って、そのコピーを手渡してくれま

した。

 それは、10家族余り、33人が集合したものでした。中には、何と白人

姿も見られました。

 ジュリーたちの親族ということは、彼らは、私の親族でもあるのです。

その中には、白人も、中国系アメリカ人も、さらには、韓国系アメリカ人

もいたのです。

 つまり、自分を、純粋(?)な日本人だと思っている私自身、現実の、

”広い意味での血縁”では、一般のアメリカ人や中国人、さらには韓国

人とさえ繋がっていたのです。

 私は、その事実を正視しなければなりません。

 また、そこにこそ、われわれの「ファミリー・ツリー(家系図)」の妙味

が有ります。


  ところで、この前、私は、さくらには、二つの「美しさ」がある、と書き

ました。つまり、「」の美しさと、「全体」の美しさです。 

 前者は、一輪の花びらが、それを表現しますし、後者は、樹木全体

によって表されます。

 しかし、これは、人間についても言えましょう。

つまり、われわれ一人一人が、一枚の”葉っぱ”であると同時に、みん

なが共通して、大きな樹木に繋がっています。まさに、ファミリー・ツリー

の一部を形成しているのです。すなわち、「」と「全体」の二面性があ

るわけです。

 そこでは、”One for All , and All for  One (一人は、すべての

ために、すべては、一人のために)”なのです。

 サッカーや野球などのスポーツなどでは、よく使われる言葉です

が、これは、人間生活全般についても言えるのではないでしょうか。


 それに、これは、少しこじ付けのように聞こえますが、私は日本

の美しさは、この「個」と「全体」の美しさの調和に在るように思う

のです。

 とりわけ、この二つの美しを調和的に知ることを通して、私たち

は、日本の美しさの鍵をることになるのではないでしょうか。

 【つづく】

 

 

 

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