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2012年3月13日 (火)

谷口巳三郎氏のこと(5)

 谷口氏が「タイへ渡る」決断をする過程について、沖村氏は、次

のように記しています。  

 「谷口巳三郎の胸の裡(うら)にはかなり前から、退職後の人生

設計があった。彼は在職中、四回、東南アジア諸国へ農業事情の

調査研究に出かけている。全て自費の旅であった。

 

 『南北間の格差を是正しなければ真の人類の幸福はない。麻薬、

環境破壊にもブレーキが掛からず、人口が爆発的に増加している。

このままでは地球が危ない―』

 世界的視野を持った谷口には日本の危うさも心配でならなかった。

『(日本は、)経済摩擦の激化で四面楚歌に追い込まれるだろう。

二十一世紀の食料不足は目に見えている。その時、どこの国が、

日本を助けてくれるか。手遅れにならないうちに何とかしないと―

これまで営々として貯えてきた自分のノウハウを、日本と人類の

ために役立てることは出来ないか』

 

 谷口は在職中、JICAが招聘した東南アジアの農業研修生の指導

を担当した。東南アジアの研修生の中には、親身に指導してくれる

谷口の人格に感激して、『私の国に来て指導して下さい』と要請する

者が多かった。中でもバングラディシュの研修生が、一番熱心であった。

 しかし、バングラディシュは日本との格差があまりに大きい。

彼は思索の末に、『先ず、タイへ行こう』と決断する」と。

  

 21世紀の日本の食料問題を、谷口氏ほど真剣に憂えた人物が、かつて

日本にいたでしょうか?

 農業を通しての生産活動に、日頃から真剣に取り組んでいた同氏

なればこその“発想”だったと思います。

 また、「バングラディシュかタイか」、谷口氏は、相当、悩んだと思う

のです。

 しかし、彼が結局、タイを選んだ理由は、様々な要因を総合化した

結果でしょう。

 山田長政以来のシャム(タイ)との交流、小乗と大乗の差こそあれ、

”仏教”という同じ精神風土、さらには、ある種の親しみ易さや民族的

「親和力」など、色々な点で、タイの方が、より親しく感じられたのかも

知れません。

 

 しかし、同時に、沖村氏の『先ず、タイへ行こう』という表現にも注目

したいのです。

 つまり、谷口氏は、あくまでタイ一国に留まらず、出来れば同国

起点として、東南アジア全域や南アジアにまで、足を延ばすつもり

だったとも考えられます。

 それゆえ、沖村氏は、敢えて『まず、タイへ行こう』と表現したよう

に思います。沖村氏は、続けます 

  

 「谷口が最初に手がけた仕事は、高地に住む少数民族の自立

支援であった。ケシに代わる換金作物として、コーヒー、茶、大豆、

椎茸、里芋、しょうが等の栽培を勧め、指導して廻った。

 トラックに寝具、食糧、食器などを積んで、山から山へ、何日も

て巡回指導した。トイレの改造、水道施設の建設にも力を注いだ。

 谷口が最も心血を注いだのは、循環式有機農法と研修農場の建

設、そして青年の育成であった。

 

 有能な若者を見つけてリーダーに育てることは、谷口の夢であった。

彼は、ヴィッチャイ(現在、高地民族学校長)、ダイエ(ラフ族生徒寮

の責任者)、ヨハン(若竹寮の責任者)、スリヤ(モン族の青年リー

ダー)をスカウトし、自分の農場に住み込ませ、食べさせ、高校や

大学で勉強させた。

 谷口の非凡な鋭い眼力もさることながら、彼らは谷口の期待に

応えて、素晴らしいリーダーに育った。

 現在、彼らは、独自のビジョンと人脈を構築して、後輩の育成に

頑張っている」と。 

 

 「循環式有機農法」こそ、地球に優しく、これからの地球にとって、

実に大切な農法でしょう。

 日頃、土に親しみ、花や野菜を育てて感じるのですが”すべて

は、循環”です。

 「パンタレイ(万物は、流転する)」と、ターレスは申しましたが、

「万物は、循環する」こそ、真理ではないでしょうか。

 また、日本人は本来、この”循環”を上手く利用して、農業生産を

豊かものにしてきました。

 さらに、谷口氏の「循環式有機農法」には、”この世には、無駄な物

や不用な物は、何一つ無い”という発想が有るのではないでしょうか。

  

  加えて、彼の「研修農場の建設」に、私は、ガンディーのアシュラム

(修道場)の建設を重ね合わせます。

 まさに、そここそは、最も大切な”青年を育成する”場なのです。

 また、この青年の育成こそが、谷口氏の生涯一貫した”菩薩道の

実践”だったよう思うのです。 【つづく】

 (後記: 明日・水曜日は休みます。)

  

  

 

 

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