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« 日本人の使命は、「菩薩道の実践」 | トップページ | 谷口巳三郎氏のこと(2) »

2012年3月 8日 (木)

谷口巳三郎氏のこと(1)

 ここに、一人の日本人がいます。

彼は、谷口巳三郎(みさぶろう)〔1923~2011〕といい、すでに故人

です。谷口氏は、熊本県坂本村(現八代市)の出身です。

 人は、定年退職すると、それまでの仕事から解放され、「第二の

人生」を、趣味や旅行など、それまで出来なかった事を、思い切り

やってみたいと望むものです。

 しかし、谷口氏は違っていました。熊本県立農業大学校の教官

を退職した彼は、単身、タイに渡り、自らの終焉の日を迎えるまで、

30年近く、タイの農業発展のために、全力を尽くしたのです。

 

 

  熊本県教育委員会が発行する同氏の「業績概要」には、次のよう

に記されています(*発行当時、同氏は、存命)。

 「平成二年(1990年)から、(彼は)タイ北部のパヤオ県サクロウ村に、

約二十ヘクタールの『二十一世紀農場』を開き、多様なプロジェクトを

精力的に推進している。 

 

 農業技術指導のみならず、現地の農業高校生の受け入れ、エイズ

患者・家族支援、地球環境破壊防止の植林など、様々な活動に

取り組んでいる。

  

 このような谷口氏の活動は、現地においても高く評価されており、

平成十年(1998年)には、タイの国立メジョー大学から、名誉農学

博士号を授与された。

 また、タイから日本へ研修生を派遣したり、日本から多数の研修

生を受け入れるなど、アジアと日本の国際交流を担う人材育成に

多大な貢献をしている」と。

 

  まさに、谷口氏は、「日本とタイ」、あるいは「日本とアジア」との架け橋

の役割を果たしました。彼の教え子や、活動の支援者たちが今日、

彼の偉大な業績を継承しています。 

 

 谷口氏は、何も名声や賞讃を求めたわけではありません。むしろ、

タイの貧しい人々の役に立ちたい、彼らの傍(そば)に立ち、彼らを

”救いたい”、つまり、彼らの生活を、生き甲斐のある豊かなものにし

いという、止むに止まれぬ思いがあったに過ぎません。

 また、そのような彼の思いを心底理解し、陰に陽に彼の活動を支え

恭子夫人(85)の内助の功も重要でした。

 まさに、お二人の人生は、「二人三脚」の人生でした。

 

 多分、谷口氏が、どれ程、孤軍奮闘したとしても、同夫人の理解や

支援なしには、彼の偉大な業績も不可能だったでしょう。

 如何なる大業も、一人のみの力によって為されるものではありません。

谷口氏の業績も、決して例外ではなかったと思うのです。

 

 また、私が、谷口氏の生涯に多大の関心を抱きましたきっかけは、

彼と「ガンジー(私の言うガンディー)」や「内村鑑三」との、深い関係

でした。

  

 谷口氏の具体的な実践活動、並びに「両者の関係」につきましては、

明日に譲りたいと思います。 【つづく】

 

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