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2012年3月15日 (木)

谷口巳三郎氏のこと(6)

 この世には、様々な「夫婦像」が有ります。

例えば、「同志」として、共に戦うのも夫婦なら、活動する場所こそ

違え、相手を支え合うのも夫婦です。

 

 谷口夫妻は、後者の道を選ばれました。

恭子夫人は、京都の同志社女子大学を卒業後、八代白百合学園の

教諭として奉職し、以後、教育者の道を歩みました。

 そして、タイに渡った巳三郎氏を、物心両面から支援しました。

 沖村氏の言によれば、タイ行きを決意した夫に対して、恭子夫人

は、こう述べました。

 「私は残りたい。日本は経済面では世界の上位だが、暖かい心を

忘れている人が多い。私は、物心両面で上位になれるよう日本で

人作りをしたい

 お互いの考えや立場を尊重し合うところに、谷口夫妻の真面目(し

んめんぼく)が有りました。

 

 日本では、恭子夫人だけでなく、兄弟姉妹や従兄弟(いとこ)、さら

は、友人・知人や教え子たちまでが、巳三郎氏を支援したのです。

 谷口夫妻の日頃の献身や人柄なしには、このような支援は有り得な

かったでしょう。

   実は、或る支援者の方(女性)が、菊池にある谷口家を訪ねたところ、

その建物は、余りにも質素というか、粗末な家屋でした。家が幾分、

ていたとさえ言うのです。

 そのことに、たいへんびっくりなさった様子が、その方のブログに掲載

されていました。

 つまり、恭子夫人は、自ら、何ら飾り立てることなく、そのすべての資産

や資金を、巳三郎氏の大事業の支援に注ぎ込んだのです。

  

 そして、お二人の友人や知人、それに教え子たちが中心となって、「タ

の谷口巳三郎氏を支援する会」(後に「北部タイ農村復興支援会」と

称)を結成しました。

同会の責任者(=会長)である沖村好運氏は、次のように記しています。

 「現在、恭子は『タイと交流する会』を作り、谷口農場の支援だけでなく、

売春・エイズ防止、育英のための里親募集、高地族女性自立支援の

シン・プロジェクト、果樹の森造りなど、『高地族とエイズ患者に光を!』

と幅広い支援活動を続けている」と。

 

 日本で「自立支援」などと言いますと、言葉ばかりの”羊頭狗肉”の

あります。しかし、恭子夫人の「自立支援」活動は、実に切実なもの

です。

 また、一時期、「エイズ問題」は、日本では、大きな社会問題となりま

したが、今日、すでに過去の医療問題といった感じです。

 しかし、タイ(特に北部タイ)などでは、決して、克服された過去の問

ではありません。むしろ、今日でも、かなり深刻な社会問題なのです。

この重要課題に、谷口夫妻は、真正面から取り組みました。

 そのご夫妻を、日本全国の心有る方々が支援したのです。

  

 一方、北部タイに赴いた谷口氏は、「谷口プロジェクト」を展開しました。

これについて、沖村氏は、次のように記しています。

「谷口は、現在(=存命中)、北部のパヤオ県チュン郡サクロウ村に、

約二十ヘクタールの農場を開き、「二十一世紀農業&職業訓練セン

ター」という看板を掲げて、多様なプロジェクトを精力的に推進している。

その主なものを挙げてみよう。

 1.農業技術指導(水稲・野菜・果樹栽培、堆肥作り、豚・鶏飼育、

   淡水魚飼育

 2.高地少数民族の自立支援(換金作物の指導、植樹奨励、水道と

   トイレの建設)

 3.パヤオ農高生の受け入れ(毎年一年生を20名)

 4.エイズ患者・家族の支援(ナマズ養殖、自立のための職業訓練、

   生活援助、遺児奨学金)

 5.売春婦転落防止のための職業訓練(草木染め・縫製技術講習)

 6.地球環境破壊防止の植林(高地少数民族の村、国道沿線、農場

   内)

 7.老人福祉活動の支援(老人憩いの家)

 8.有能な児童の教育支援(奨学金制度の設置)

 9.各国研修生の受け入れ(日本の大学生・高校生・中学生・一般人

   だけでなく、アセアン諸国の研修生も)

 10.タイ青年農業研修生の日本派遣(有能な高校生、大学生、農民等

   を選抜して日本へ派遣

 

 まさに総合的、かつ壮大な一大プロジェクトです。本来なら、国家が

支援すべき大事業です。

 しかし、谷口夫妻の信念は、”親方日の丸はいやだ”というものでした。

その分、全国各地の支援者の理解や賛同、それに援助が、この一大

事業を動かす原動力となりました。

 谷口夫妻は、その中心、あるいは”象徴”となり、終生、献身・尽力し

たのです。

 この谷口夫妻の活動こそは、多くの日本国民が、もっと知るべきもの

ではないでしょうか。 【つづく】 

 

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