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2011年12月 2日 (金)

日本の天職〔=天命〕について(1)

 そもそも、「日本の天命」とは、一体何でしょうか? それは、日本が”存在している意味とは何か?”ということです。つまり第一に、それは、日本の「存在理由」を問うものです。

 また第二に、それは、連綿と続く日本の「歴史の意義」が奈辺にあるかを訊ねるものです。

 そして第三に、それは、世界に対する”日本の役割”について吟味するものでもあります。

 ただ、今まで、「日本の天命」ということについて論じた人がいたでしょうか?

私は、管見にして知りません。

 しかし、かつて『日本の天職』という題名で、“日本の天命”について論じた思想家がいます。それは、内村鑑三(1861~1930)です。

 内村は、1892(明治25)年4月、『日本国の天職』の中で、次のように論じました。 

 「日本国は実に、共和的な西洋と、君主的な支邦との中間に立ち、キリスト教的な米国と、仏教的なアジアとの媒酌人の位地(ママ)にいるのである」と。

 また、続けて、こうも書きます。「東洋人中日本人だけが、欧米の文明を了解でき、また文明国中日本人だけが、東洋の思想を有しているのである。

 理想界においても、商法界におけるように、日本国は東西両洋の中間に立っている飛石であり、帰納的な西洋と、演繹的な東洋との間に立つ媒酌人である」と。

 それゆえ、「東西両洋の仲裁人であり、機械的な欧米を理想的アジアに紹介しようと欲し、進取的西洋を用いて保守的な東洋を開きたいと欲する。これが日本帝国の天職だと信じるのである」と。

 そして最後に、彼は、こう結びます。「汝旭日帝国(=日本)よ、汝の光線を東西に放ち、東の方欧米に反射し、西の方アジアを照らして、それによって汝の天職を果たせ」と(ブログ:旅人氏による「内村鑑三の著作を現代訳する試み」参照)。

 この東西両洋の”架け橋”としての天職(=天命)を、当時の日本に与えた内村の著作が、近代日本建設の草創・発展期、それも、今からほぼ110年も前に書かれていたことに正直、驚きを禁じ得ません。

 しかし、これは当時、高まりつつあった日本国(=大日本帝国)の帝国主義的な台頭(*2年後に、日清戦争が起こる)を意図、かつ支援した言葉ではありませんでした。

 むしろ、それは、あくまで、「二つのJ(=イエスと祖国日本)」を共に愛するキリスト者としての、内村の偽らざる魂の叫びです。つまり、彼のこの言葉の中には、かなり精神的な意味が込められていたと思うのです。

 それは、彼の次の言葉でも明白です。事実、彼は、こう断言します。

 「自分の利益を社会の中心に認めている人が、人類中最も卑しいものであるように、自国を万国の中華と看做す国は、最も弱く最も進歩していない国である。また、自国が強大になることだけを求めて、他国の利益を顧みない国民が、永久に富強に達したことは、歴史上未だかって例がない」(同上)と。

 この「自国を万国の中華と看做す国」とは、今日のアメリカや中国のことではないでしょうか。

 内村によれば、両国は、「最も弱く進歩していない国」となります。正直、両国は、表面上、いかに富強な国家に見えようとも、その実は、砂上の楼閣ではないかと思うのです。

 しかし、実際の日本の近現代は、当時の内村の意に反して、まさに自国が”強大になることだけ”を求めて、ひたすら邁進した時代でした。

 たとえ、その国家発展の一部が”国家防衛”のためだったとはいえ、当時の日本が、欧米の帝国主義国家の掌(てのひら)の上で踊らされていたことは、歴史的事実だと思います。 

 その結果が、1945(昭和20)年の敗戦であり、かつ今日のわが国の政治・経済的惨状だと思うのです。 【つづく】

 

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